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2004/02/18

「常識の壁」

帯には『養老孟司先生と「バカの壁」の話をしていて、もう一つある大きな壁「常識の壁」に気がついた。』とある。著者は、現役の毎日新聞論説委員長、ということで、何となく柳の下のドジョウ狙いだろうな、という嫌な予感を持ちつつも、ついつい買ってしまった。

中公新書ラクレ 118
 常識の壁
 菊池 哲郎 著 bk1amazon

何とコメントしようか、とても困ってしまう本だ。正直に言うと、到底大新聞の現役論説委員が書くような話とは思えない、荒唐無稽な思いつきが満載された、何だか変わった本である。常識を疑え!というコンセプトはとても正しいと思う。でも、きちんとした裏付けが全くなくて、まるで飲み屋での与太話のようなノリで書かれているので、読みやすい代わりに、この本の内容に期待して買ってしまった自分が段々悲しくなってくる。

ということで、本当は余り多くをコメントしたくないのだが、具体的に指摘しないのは、やはりフェアじゃないと思うので、いくつか。

まず、サマータイムを導入しようという提案、これ自体は普通のアイデアだが、この人のすごい所は、サマータイムでは1時間ではなく3時間早めよう、というのだ。何故サマータイムを導入しようというのかという理由がまたすごい。今の日本に欲しい最大のものは気分一新で、それにはスカッと何もかも変わってしまうものが欲しい、それはサマータイムしかない、しかもほとんど無料でできる、とおっしゃる。

今の世の中、サマータイムを導入しようとしたら、どれだけのコンピュータプログラムや社会の仕組み(鉄道ダイヤだとか)に影響が出るのか? これはこれですごい特需という気がするぐらい、手間と金が掛かりそうだけどねえ。

で、サマータイムで新たに生まれた夏の暑い午後の3時間をどうするか?といえば、さすがにサラリーマンも毎日飲んで遊んでばかりもいられず、家に帰って家族と有意義に過ごしたり、世の中のことを考えたり、生き方が変わるだろう、と言うのだが、何言ってんだか? だって睡眠時間を削らない限りは、外が明るかろうが暗かろうが、起きてる時間は一緒なんだし、どこから有意義な時間が生まれるてくるのでしょう? 

次は、日本からノーベル賞は90人くらい出てもいいのだ、という提案。何故かというと、半導体を始めとして世の中を便利にしたのは日本じゃないか、日本人は謙虚だったり、お互いに足を引っ張ったりしてるから、賞がもらえないんだ、とおっしゃる。どこに根拠があるのやら。おまけに、日本人には創造性だってあることの例として、普通の女の子が3年でマラソン世界一になったのは、能力の引き出し方が上手だからだという。おいおい、高橋尚子さんはどうみても普通の女の子じゃないと思うし、それと創造性とどう結びつくんだ? 最後は、テニスから歌、そしてオノ・ヨーコまで、多様な分野で世界一流になる人が日本女性に多いのも、女性の方が没頭できる環境があるからだ、ってどういうデータを元にしているのか、単なる思い付きとしか思えないけど?

極めつけは、日本の国をそっくり民営化しましょう、という提案。現在、日本の財政は税金半分と借金半分で成り立っていて、このままいけばどんどん借金が増えるばかり。いっそのこと、税金はやめて、有料サービスと国民の投資で国を運営する方式にしてしまえ、とおっしゃる。余りに途方もない提案なので、まともに反論もできないが、そんな運営が可能とは到底思えない。だって、誰がそんな赤字の国に投資するんだ? 

本書は、全編こんな調子で、具体的な根拠を全くあげずに、著者の思いつきで、どんどん話が展開していく。確かに、著者は長年この国の様々な問題点を見て、色々と考えてきた方なので、さすがに問題意識は鋭いと思う。だから、みんなの常識に凝り固まった考え方に一石を投じるという意味では、本書をきっかけとして何がしかの議論が起これば、確かに結構なことだとは思う。しかし、新聞社の論説委員長という立場を考えると、余りにもお粗末では? もっときちんとしたデータを元に、緻密な論理展開をしなくては、誰も本気で議論を起こしてくれないでしょう。それとも、実はそんな事は全部わかった上で、確信犯的に荒唐無稽な提案をしてるのだろうか??

ということで、随分批判的な書き方をしてしまったけど、どうやら僕には常識の壁を越えられなかったということかもしれない。皆さんは挑戦してみる?

*ちょっと検索してみたら、本書の第二章がほぼ全部Webで読めることがわかった。これ(8/24:リンク先変更)を読んでから買うかどうか考えればよかったな。

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コメント

本人です。読んでいただいてありがとうございます。ご指摘のことと疑問はほとんどそのとおりです。しかし具体的根拠をまったく挙げずにといいますが、根拠は十分書いてありますよ。単なる思いつきはひとつもありません。これ以上難しい根拠をいちいち示したら理屈っぽくて面白くない本になってしまい、しかも高価になるから読んでもらえません。それと大新聞の論説委員長とは思えないというのはおかしいですよ。人はいろんな側面を持っているものです。そんな言い方なら小泉さんはとても大日本の首相とは思えないし、ブッシュにいたっては世界をリードする大国アメリカの大統領とは思えませんよ。勝手に他人にイメージを押し付ける考え方は感心できません。でもいい感じで読んでくれたみたいでいつか友達したいね。

投稿: 菊池哲郎 | 2004/08/24 17:31

菊池さん、コメントありがとうございます。

著者自らのコメントをいただけるとは恐縮です。こういうコミュニケーションが可能なのも、ブログならではでしょうか。

さて、単なる思いつきではなく、根拠はきちんと明示されているという点、了解しました。このブログの他の記事を読んでいただければわかると思いますが、私は理系のひねくれ者ですので、一読しただけでは、菊池さんの提案が説得力のあるものとは受け取ることができなかったようです。

このブログでは、本にしても新聞にしても、書かれていることをそのまま鵜呑みにせずに、疑ってかかったり、できるだけ根拠を調べたりしてみよう、という態度を意識的に取ってます。そういう意味では、とても突っ込みどころのある本だったと言えるかと。。

論説委員長の件については、確かにご指摘の通りかもしれませんし、そんな肩書や既成のイメージとは無関係に自分で主張したいことを書いたのだ、と言うのであれば、それはそれで結構だと思います。しかし、お金を出して本を買う側にとっては、著者の肩書が、買うか買わないかの選択に、何らかの影響を及ぼすのも事実だと思います。

本書でも、もしも肩書なしの一個人として出版してたら、売り上げも随分と変わってくるのではないでしょうか? とすると、肩書を見て買った人の一人がこういう感想を持ったとしても、それもまたこちらの自由でしょう。(私も別に、イメージを押し付けているつもりはないですし。)

まあ、こういう感想を持った人もいるんだ、と思っていただければ幸いかと思います。(何故かこの手のブログは、Google等の検索で上位に来ちゃうので、目障りだとは思いますが。)

投稿: tf2 | 2004/08/24 20:18

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