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2004/02/21

続:放射線診断と発がん

2/10のブログで取り上げた、放射線診断による被曝が原因での発がんのニュースだが、最近このニュース関連のキーワードでここを訪ねてくれる方が意外と多いこと、ブログ記事に少し調べないと答えることのできないコメントがついたこと、そして元々もう少し調べてみようと思っていたこともあって、改めて元論文にじっくりと目を通し、更にあちこちのサイト探検をしてみた。かなり論文の内容に突っ込んだ記載になると思うので、ご勘弁を。

まず、もともとの新聞記事や論文に対するコメントで注目に値するものとしては、日本放射線技師会のコメント、及びNature BioNews Japanのニュース記事がある。更に、元のLancetの論文に付いたコメンタリーも見逃せない。

いずれも、発がん率の計算に用いる元データが広島・長崎の被曝者のデータを用いている点を問題としてあげている。問題点は、被曝量が何桁も違うデータを、低線量の診断被曝に使えるのか?という点と、原爆ではα線、β線、γ線が多量に放出されたのに対して、診断に用いるのは主としてX線であり、これを一緒に扱えるのかという点の二つあるようだ。(そもそも閾値なしの直線モデルでいいのかどうかも、まだ結論が出ていないらしいが。)

発がんリスクの考え方については、東京都予防医学協会の検診と放射線のページがとても充実していて、必見!! (実際のところ、このページの内容を理解すれば、それで十分のような気も。。)

発がん率の計算に必要なもう一つのデータが、放射線診断での被曝量。論文で使われたデータは入手できなかったが、似たようなデータは原子力関連で充実している。特に日本原子力研究所のデータベースが充実しており(やや古いが)、放射線検査数や被曝量としてはこんなデータが見つかった。論文で使っている1000人当たり1477回という診断回数は、人口を掛けると日本全体で年間1.86億回となるので、この表の歯科X線診断を除いた残り全部に相当する程度の回数となる。論文中でも、歯科X線は含まれていないようだ。

さて、日本のがん患者のうち3.2%は診断での放射線被曝が原因、という数値がどのように出てきたのか? 何とか頑張って、元論文を読んでみたけど、何となくわかったことと依然としてわからないことがある。

まず注意が必要なのは、この研究は、基礎となるデータといくつかの仮説をベースにして、複雑な計算をして出てきた数値を議論しているものだということ。実際の発がん患者の過去の被曝量を調べて、裏付けを取るような疫学的な側面は全く考慮されていないということである。(そういう調査は今までなされていないのかな?)

とは言え、(診断頻度/年・人)×(診断被曝量/回)×(発がん率/被曝量)というような、単純な関係で求めているのではなく、かなり複雑なことをしている。性別、年齢別、診断方法別、更には診断部位別の、放射線診断頻度と被曝量のデータを使用して計算しているし、更に、性別、年齢別、及び、がん種別の発がん率データと年齢ごとの生存率(1-死亡率)のデータも使っている。こうして各年齢までに生き残った人の部位別累積被曝量を求め、そこから年齢別の診断起因の(がん種別の)発がん数を計算する。そして実際の全発がん数との比率が求める答えとなる。(ように読めたんだけど、合ってるかな?)

(詳細な計算方法に興味のある方は、Appendixを参照して欲しい。)

求められた主要な国ごとの放射線診断回数(1000人あたり)と発がん率の関係は以下の通り。一番右の欄は、発がん率を一人当たりの年間診断回数で割った値。(普通にtableタグで表を作ると、何故か空白行が沢山できるみたい。tableタグを使わないと表がグチャグチャになるし。)









表1
ABC
Japan14773.22.2
UK4890.61.2
USA9620.90.9
Germany12541.51.2
Poland6410.60.9
Switzrland7501.01.3

A:放射線診断回数(回/1000人・年)
B:放射線診断起因発がん数/全発がん数(%)
C:B/A×1000(%/回/年)

確かに、日本は診断回数が多いので、それに起因する発がんも多いという結果が出るのはわかるのだが、それとは別に、国によって発がん率と診断回数の関係(C)が結構異なることに気付く。日本は、診断回数あたりの発がん率(C)も最も高いという結果になっている。これはどうしてだ? (診断回数と被曝量の関係は、今回はすべての国で同じ数値を用いているらしい。)逆にアメリカとポーランドが診断回数の割に発がん率が低い。

国ごとの発がん率の違いについては、論文中でも議論されていないし、誰も特にコメントしていないようなので、自分で考えるしかなさそうだ。計算の元となった数値や途中経過がほとんど出てないので、詳細はわからないが、以下の項目がヒントのような気がする。

・今回の研究は、あくまでも全発がんに対する診断由来発がんの比率を議論している。ベースとなる全発がん率(とその年齢分布)が国ごとに違うので、比率だけを議論するのはちょっと不十分ではないか?
・国によって、平均寿命や年齢別人口構成が違うので、その影響がありそう。

そこで、先の表を書き換えてみる。すなわち、診断由来発がん者数/全発がん患者数ではなく、診断由来発がん者数/全人口を診断回数と比較してみる。









表2
ADEF
Japan14770.600.4181.8
UK4890.120.2477.7
USA9620.200.2176.8
Germany12540.250.2077.8
Poland6410.080.1271.7
Switzrland7500.240.3279.8

A:放射線診断回数(回/1000人・年)
D:放射線起因発がん数/全人口(人/10000人)
E:D/A×1000
F:平均寿命(歳:男女平均値)

こうして見ると、日本は人口当たりの放射線診断起因の発がん数が、人口当たり(D)で見ても飛びぬけて多いことになる。また、診断回数当たり(E)で見ても、依然として最も高い。そして、どうやらここにあげた国の発がん率/診断回数(E)は、平均寿命(F)と結構高い相関が得られるように見える。少なくともこの計算方法で求める発がん率は、同じ放射線被曝量でも、人口構成や寿命が違うと変わってしまうわけで、もう少し突っ込んだ考察が必要な気がするなあ。

ところで、診断によって得られる利益については、この研究では全く考慮されていない。この研究と対をなす意味で、診断があることで救える命(延びる寿命)がどれだけあるのか?を検討する研究が必要だろうと思う。なお、同じ診断でも被曝量は相当にばらつき(方法、装置等の違い)があるようだし、実際に不必要な検査がなされている側面もあるようなので、この研究がそういう分野の議論を巻き起こすきっかけとなった点は評価される部分だと言えそうだ。

とりあえず、少し調べてみてわかったことは以上。というか、これ以上突っ込んだ話はちょっと無理かな。発がん率の絶対値の妥当性を議論する資料もないので、それは専門家にまかせよう。思った以上に込み入った話になってしまったけど、久々に論文を細かくチェックしてしまうことになったな。まあ、こんなのはblogで書くにはふさわしくなかったような。

*そうか、リスク・ベネフィットで議論するなら、発がん率ではなくて、損失余命に換算する必要があるのだろうな。そうすれば、検査で得られるベネフィットについても、獲得余命(という用語もありそうだ)に換算することで、同列で比較できる。どう数値化するかは議論がありそうだが。。

#妙に専門的な話にはなったけど、あくまでも医学については全くの素人のコメントです。もしも興味があれば、この内容を素直に信用せずに、原本に当たってください。間違いがあれば、指摘いただけるととてもありがたいです。

*本当は新聞社の報道姿勢等にも突っ込みたいところだが、長くなりすぎたので、別の機会に。

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コメント

このLancetに載った論文の解説記事を発見した。http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/paper/Lancet-Jan31-2004.html">日本保健物理学会の論文解説。

これによると、被曝線量に用いられた国連科学委員会(UNSCER)の報告には、診断回数だけでなく、診断部位のデータも含まれているようだ。従って、日本の発がん率が診断回数に比べて突出しているのは、回数当たりの被曝線量が多いことが原因ではないか、と推定している。

とすると、上で平均寿命との相関を指摘したが、これはむしろ結果であって、放射線診断をかなり高頻度でしかも高線量で行うような国は、結果として平均寿命も長い、健康的な国である、とでも言えるのだろうか?(放射線診断の直接的な効果で寿命が延びたのかどうかはわからないけれど。)

投稿: tf2 | 2004/03/02 10:30

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