「水の環境戦略」
産総研の中西さんのリスクマネージメント論はとても論理的で納得できるものだと思っている。本書はその中西さんの代表的な一般向け書籍だが、何故か今まで書店の店頭で出会うことがなかったので、先日オンラインで注文して入手。2003年10月15日発行の第18刷である。第1刷の発行が1994年2月21日なので、丁度10年前に発行された本ということになる。今更だけど、10周年記念ということで、コメントを書いておこう。
岩波新書 324
水の環境戦略
中西 準子 著 bk1、amazon
本書は教科書ではないので、堅苦しくはないし、様々なエピソードと共に著者の熱い思いが伝わってくるような、読み物としておもしろいものになっている。ただし、数式こそ出てはこないが、規制値の考え方等の部分は、なじみの薄い方にとっては結構手強いかもしれない。
まず地球規模での水問題を取り上げ、日本を始めとする先進国が、自分たちの利益だけを最優先に行動していてはいけない、という問題提起をする。次に日本の水事情について、歴史的な背景、日本の縦割り行政、規制値の決め方、そして既得権益を守ろうとする動き等、ある意味で生々しい問題点が次々と明らかにされる。
更に、日本の下水道の問題、水質基準の問題を具体的に説明しながら、その背景にある大きな問題へとアプローチする。お得意の「リスク管理」という概念の説明をして、最後は、守るべき環境とは何か?という大きな問題に行き着く。
現場で長い期間、泥臭い戦いを続けてきた著者ならではの、痛烈な批判も随所に見られ、一貫して、行政に対するある種の怒りとか不信感のようなものが根底にあるようにも見える。果たして政府や行政のやっていることは、どの程度信頼できないのか? ならば一体誰を信じたら良いのか? それを見分ける目を養うのは相当に大変そうだ。
実は、中西準子のホームページで毎週更新される最近の雑感を読んでいても、行政に対する怒りはそんなに感じられない。この10年の内に、著者が丸くなったのか、それとも行政側が変わったのか?(省庁は再編されたし、随分情報公開もされるようになったのは事実だし。)
本書を読むと、事前に予想していた以上に「水道水は怖い」という印象を持つ。塩素消毒の効果を過信しては駄目で、ひたすら塩素を放り込む従来型の消毒では、トリハロメタン等の各種有機塩素化合物が、発がん性が問題となるレベルで含まれている可能性があるようだ。
一方で、話題となった「環境ホルモン」が本書には全く出てこない。それもそのはず、「奪われし未来」が日本で発売になったのが1997年9月であり、「環境ホルモン」が問題となったのは、今からわずか6~7年前の話だったのだ。時代の流れが早くて大変だ。
さて、では日本の水の現状は10年前からどう変わったのか? より悪くなっているのか?それとも少しは良くなってきているのか? 実はタイミングの良いことに、水道水の水質基準は最近改定され、この4月から施行される。水道課ホームページから、新しい水道水質基準等について。
本書は、水問題を考える際の参考書として、多くの人に読まれているようで、影響力が大きい。従って、規制値も行政組織も変わった今、できることであれば、改訂版を出して欲しいと思う。著者の目からは新しい水質基準はどう見えるのか? 研究者に対しては、本書を参考にして、自分で調べて判断しなさい、と言えるだろうが、本書はあくまでも一般向けであるのだから。
ちなみに、著者のホームページから最近の水問題へのコメントを探すと、2003/02/18の雑感が見つかったが、今回の基準改定についてのコメントはみつからない。
本書はわずか二百数十ページの新書版にも関わらず、非常に中身が濃い本である。そのためか、消化不良というか、突っ込み不足の感がする部分もある。特に、水問題に限らず、地球規模から身近な地域にまで及ぶ、様々な環境問題を考える際に、どういうスタンスで何を規範とすればよいのか? というとても興味ある問題を提起してくれている。その意味からは、より広い視点から見た、環境問題全体を読み解く助けとなるような話が読みたい、と思う。
*本当に水道水は危険なのか? ということについては、実は別の最新の本を買ってあるので、それを読んで比較しながら考えてみたい。
*本書は「水の循環」をキーワードとしているが、それで思い出した、ちょっとしゃれた話。hirax.netから、私と二度めに出会う「水」。(このサイトの他のコンテンツも理科系にはお勧め)
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