「水と健康」
2/24のブログで中西さんの「水の環境戦略」を紹介したのに続いての、水に関する本。著者は、あの「ダイオキシン 神話の終焉」の著者のうちの一人、林さん。
日本評論社 シリーズ 地球と人間の環境を考える 7
水と健康 狼少年にご用心
林 俊郎 著 bk1、amazon
このシリーズについては、1/21のブログで紹介したように、従来の恐怖を煽るだけの本とは明確に異なる(やや懐疑的な)立場で、様々な環境問題に切り込んでおり、とても好感を持っていた。第1期の6巻の刊行が終わり、引き続き第2期の6巻の刊行が始まったようだ。ラインナップは、
7 「水と健康」 林 俊郎 著
8 「ごみ問題とライフスタイル」 高月 紘 著
9 「シックハウス」 中井 里史 著
10 「バイオマス」 奥 彬 著
11 「畜産と食の安全」 岡本 明治、倉持 勝久、清水祥夫 著
12 「これからの「環境」」 地球と人間の環境を考える編集部 編
となっている。ちょっと調べてみると、面白そうな著者陣のラインナップとなっている。
著者は本書を通し、現在の日本の飲み水は、塩素消毒によって十分に安全が確保されており、塩素の副作用を嫌った風潮に対しても、発がん性やその他の毒性等は何も心配する必要はない、と主張する。
他にも、虫歯を防ぐためにフッ素を添加している国もあるのに、日本はフッ素基準が低すぎるので虫歯が多いこと、胃がんや子宮がんの多くは感染症の側面があり、飲み水の塩素消毒により、減少し続けていること、メトヘモグロビン血症は、乳児と人口乳と硝酸の組み合わせで起こる特殊な病気であり、それ以外のシチュエーションでの通常の水道水中の硝酸は全く危険性がないレベルであること、等の今までよく知らなかったことが色々と書いてあり、勉強になる。
本書前半では、過去の水系感染症と人類との戦いの歴史から始まり、塩素消毒の効果は単なる感染症予防だけでなく、胃がんや子宮がんの克服にも大きな効果があると述べる。更に塩素消毒の副作用として問題視されているトリハロメタン類についても、現状で発がんの可能性はほとんどないので、全く心配無用と断言する。
結論は正しいのかもしれないが、読んでいて妙に違和感がある。必ずしも十分な裏付け(参考文献は誰かの本ばかりで、論文が含まれていない)がないままに、「~ではないか」とか「~と思える」という口調が目立つためだろうか?
それにしても、日本人に胃がんが多いのは、戦後から昭和49年まで日本でだけ使用されていたAF2という防腐剤がイニシエータとなり、それに加えてピロリ菌がプロモータとして働いたからだ。塩素消毒を開始してから日本人の胃の中のピロリ菌は顕著に減少しており、胃がんの発生は今後減っていくはず、というのはどこまで正しいのだろう?
それぞれ重要な要因と考えられているのは事実のようだが、それだけでもあるまい。まして、水道水の塩素消毒を開始してから、ピロリ菌感染率も胃がん発生率も共に下がっているから、という状況証拠だけでは納得しにくい。国民の栄養状態や生活習慣など他にも様々なものが、同じ時期に同じ様に変化してきているのだから、因果関係を明らかにするのは相当に難しい筈だと思うのだが。
トリハロメタン類についても、今までにこれが原因でがんになった人は一人もいない、と言うが、従来の多くの研究結果から推定されてきた「発がん性」を全く無視するような表現はいただけないのではないか。普通に生活していて心配するレベルではない、と書けばいいのに。どうも、科学者としてのある種の謙虚さのようなものが感じられないんだな。
最後に、地球規模で何億年ものスケールで見た時、地球上では莫大な量の元素が大気と水と陸地を循環しており、大量の重金属や陰イオンが、海に流れ込んだのであり、近年になって人間活動が地球に与えている影響など大したことはなく、過大評価する必要はない、という主張がなされる。しかし、海に流れ込んだ元素の総量の問題ではなく、人間が与え続けている変化の速度が、自然界で起こった変化に比べて桁違いに早いことが問題なのではないか?
このように、さすがに「ダイオキシン」で市民団体等から猛反発を受けた著者らしく、本書もまた突っ込まれ所が満載だ。確かに、恐怖を煽る本は問題で、特に水については、不安に付け込んだ怪しい商売も多い。しかし、だからこそ科学的にきちんと反論していく必要がある。(怪しい水の科学的批判は、天羽さんの水商売ウォッチングが必見だろう。)
本書は、結論は正しそうだが、論理がやや乱暴で、むしろ火に油を注いでいるような気がしないでもない。本来はグレイなものを、無理やり白にしてしまっている部分もあるようだ。
中西さんの「水の環境戦略」では、人間の生命を守るためだけでなく、生態系を守るという視点からのアプローチも必要であることや、世界全体では飲み水はWHO基準でいいだろうが、先進国として日本は一歩進んだ環境観が必要だし、要求されるレベルも自ずと異なるのだ、という見解を示した。それと比べると残念ながら、本書は底が浅いというか、志が低いなあという印象が残ってしまう。(著者は確信犯なのではないか?という疑いもあるのだが。。)
大丈夫か、このシリーズ?
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