「子どもが減って何が悪いか!」
「!」が付いていることもあり、随分挑戦的なタイトルである。これを見たときは、今いろいろと議論を呼んでいる少子化問題や高齢化問題をシニカルに見たものか、あるいは日本では少子化が問題視されてるけど世界的には人口増加が問題であり何を騒いでいるのか、というような話かな、と思ったのだが、帯には『さらば、トンデモ少子化言説 「男女共同参画社会」は、少子化対策にならない!』とある。
「もう牛を食べても安心か」の書評を書くときにみつけた、群馬大学の中澤港さんのところで、この本の書評を見て読んでみる気になった。
ちくま新書 511
子どもが減って何が悪いか!
赤川 学 著、bk1、amazon
著者のホームページに正誤表が載っているので、チェックするのが良さそうだ。
さて、amazonやbk1でも中々熱い書評が寄せられているようだ。自然科学系の本の場合に比べて、相当に話題性があることの表れだろう。本書の前半は、現在の主流派の「男女共同参画社会を目指すことが少子化対策として有効である」という主張の根拠となるデータを統計的に再検証して、これは誤った主張であると論破している。後半は、我々がどんな社会を目指すべきなのかという著者の主張となっており、子どもが減ったっていいじゃないかという結論へと導かれる。
特に前半の統計的な検証は、政府を始めとして随所で使われている統計データが欺瞞に満ちたものであることを丁寧に暴いている。いわゆるリサーチリテラシーの基本に忠実に、出てくるデータを鵜呑みにせずに、原典に当たってみたら、何と相当に恣意的に統計が利用されていたというわけだ。この主張の統計学的な確かさについては、中澤さんの書評を参考にしてもらうのが良いだろう。
問題は、数字や統計的な用語が沢山出てくる割には、平易な解説をする努力やグラフ等を駆使してわかりやすく説明する工夫がほとんど見られないことだ。そのため、恐らくこの本を読むであろう一般の人々や、男女共同参画社会の推進者に対して、著者が主張したいことが十分に伝わっているかどうか、かなり怪しい。縦書きの文章中に数字が沢山書き込まれていても、読んだだけではまるで理解できない。紙面の都合もあったのだろうが、ここが本書の確かさを決める部分なのだから、もっと図表を多用すべきだったと思う。
女性の社会参加が進んだ国ほど出生率も高いというようなデータは、統計的にはかなり都合の良いデータだけを抜き出したものだということが明らかにされるのだが、確かにこの手の複雑な、多変数が関与する問題を、そんなに単純な関係で表わそうとすることに既に無理があると言えるだろう。貧しい国々は一般的に子沢山なのに、それをとりあえず無視して、適当な範囲の先進国内だけで比較することの合理性も十分に怪しい。しかし、その先進国内だけの比較で見られる相関関係が、決して因果関係ではないことが明らかとされている。さらにここで選ばれた国は、かなり恣意的に選択されたものであることも指摘されているのだ。
子どもが減っている原因として、晩婚化や未婚化が大きいはずなのに、子育ての経済的な負担を減らしたり、男性の子育てへの参加を促進するような対策が少子化対策の切り札として出てくることへの違和感が、本書を読むとすっきりとさせられる。著者がしつこいくらい何度も書いているように、男女共同参画社会を目指すことを否定するわけではなく、それは少子化対策の決定打とはならないだろうということだ。
著者も指摘するように今さら昔の子どもが多かった時代に戻ることを目指しているわけでもあるまいし、何故、貧しい社会は子沢山で、豊かになるほど少子化していくのか、という一般的な傾向への考察も不十分なままでいいのかという疑問もある。むしろ少子化社会というのは、ある意味で我々がずっと目指してきた理想的な社会の一つの側面なのだろうという気がする。
本書では、従来の少子化問題に関する様々な主張がかなりバランス良く紹介されているようで、従来のそれぞれの立場の問題点を丁寧に述べている点も好感が持てるし、参考になる。もちろん、著者の主張に対する反論も収録されており、それに対する著者の反論も載っている。
少子化現象は避けることができないものであり、むしろ少子化社会の到来を前提として社会設計をするべきである、という本書の主張は極めて正論だと思う。ただし、では少子化の進んだ社会の行き着く先がどんな姿なのか、そこで豊かな生活を送ることができるのか、といったイメージがほとんど描かれていないので、読んだ後にちっとも元気が出てこない。むずかしい問題だろうが、あと一歩踏み込んで、あるべき社会像を提示してくれればありがたかったのだが。。
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