ガソリンへのETBE添加?
日本化学会の雑誌「化学と工業」の3月号(Vol. 58, p.268 (2005))にガソリンのオクタン価向上の話題が載っている。
石油業界と自動車業界がレギュラーガソリンのオクタン価を95まで高める方向で調整を開始した。京都議定書発効に伴い二酸化炭素の排出削減が焦眉の課題となっており、特に温暖化対策が”待ったなし”の自動車排ガスについてはガソリンのオクタン価向上が最も効果的と考えられているからだ。ただ方法については不透明。環境省はバイオエタノールをガソリンに直接混合する方法を推しているが、ここにきてETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)による方法が急浮上している。石油業界や複数の担当官庁の思惑も絡み、今後、オクタン価対策決定まで紆余曲折が予想される。ガソリンにバイオエタノールを混合した「E3」とか「E10」というのは聞いたことがあるのだが、これについては環境省が推進している反面で、石油業界から品質等を理由に強い反対がある他、ガソリン以上にNOx発生が増えるという懸念もあるらしい。石油産業活性化センター(PEC)のJCAP II(大気改善のための自動車・燃料等技術開発)の専門WGは近く、「CO2と最適オクタン価」に関する調査研究成果をまとめる。ガソリンのオクタン価を向上させると熱効率が大幅に改善、燃費効率が向上することによってガソリンの使用の減少、CO2削減につながる。
(中略)
オクタン価を向上させる方法にはリフォメートやアルキレートの石油系原料を基材とする技術、脂肪酸エステル、ETBE、バイオエタノールなど新燃料成分を添加する方法が考えられ、実施に向けたケーススタディ、経済効果などが具体的に検討されている。(後略)
で、最近注目を浴び始めているのがETBEらしい。これを7%程度添加すると、E3と同等のCO2削減効果が期待され、石油業界も導入には前向きらしい。
そもそも、ガソリンへのオクタン価向上剤としては一時期は MTBE(メチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)が脚光を浴びていたのだが、有害性が指摘されてアメリカで使用禁止となり日本でも今は使われていないはず。調べてみると、MTBEがアメリカで使用禁止になった背景や問題点については、インチキ化学者の戯言や市民のための環境学ガイドにまとめられている。結局、アメリカではガソリンが地下タンクから土壌中に漏れ出し、発がん性が疑われる水溶性のMTBEが地下水に混入したことが問題となって、使用禁止となったということだ。
MTBEの有害性については、環境省が昨年9月に発表した「化学物質の環境リスク評価 第3巻」に取り上げられている。これによると、実は発がん性は評価されていないということになっている。
では、今回候補に上っている ETBEについてはどうなのか? これについても、環境省の資料がよくまとまっている。これによると、フランス、スペイン、およびアメリカの一部では現在実際にETBEがガソリンに添加されて使用されているようだが、オーストラリアやカリフォルニア州等では毒性への知見が不十分として使用を禁止しているとのこと。
問題の毒性については、MTBEと比べてもさらにデータが少ないようだが、アメリカの作業環境基準であるTLVでは MTBEが50ppmに対して ETBEは 5ppmとなっており、MTBEに対して10倍厳しい基準としている。人体への影響としては、刺激作用、呼吸機能への影響、生殖機能への影響が挙げられていて、発がん性については十分なデータがないとしているようだが、いずれにしても、MTBEと比べてむしろ有害で、しかもデータが少なく不明点も多いという状況のようだ。
一方、ChemFinder.Comで水への溶解度を調べてみると、MTBE(CAS:1634-04-4)が 5.1g/100ml、ETBE(CAS:637-92-3)が 0.1g以下/100ml となっているので、ETBEは水への溶解性はMTBEよりも相当に小さい。恐らくETBEを使用するという根拠の一つはここにあるのだろう。
本来、添加剤の有害性を考える上では暴露ルートを想定する必要があるが、エンジンの排ガス中にはこれらの物質がそのまま含まれるわけもなく、日本の場合には、主要なルートは製造時、輸送時、およびガソリンスタンド等での使用時に気化したガソリンが直接大気に拡散するルートだろうか。まあ、日本では元々、地下への浸透や井戸水の汚染はほとんど考慮の必要はないのだから、MTBEが駄目で ETBEが OKという論理は考えにくいのだが。。
わざわざ有害性が疑われる代替物を使用するのもどうかと思うのだが、ガソリンの添加物というのは量が量だから、いろんな利害関係者の論理の綱引きがこれからも行われそうだ。それ以前に、これらのオクタン価向上剤で、どれだけ燃費が向上するのか? それは全ての車がその恩恵を受けるのか? NOxはどうなのか? 等々、データに基づいた話があっても良さそうなものだが、見つからなかった。。
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コメント
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060411AT2M2300K10042006.html
この記事を読んで、MTBEとETBEで検索し、貴サイトへたどり着きました。
日本でのETBE導入については、昨年4月から経済産業省の審議会(総合資源エネルギー調査会石油分科会石油部会燃料政策小委員会ETBE利用検討ワーキンググループ)で検討されています。
次のページの下の方に、議事録や配布資料が掲載されています。
http://www.meti.go.jp/committee/gizi_0000008.html#9
ちなみに、政府がエタノール混入を進める主なねらいは、オクタン価向上による燃費改善(CO2抑制)効果よりも、エタノールが化石燃料ではなくバイオ由来燃料のため、京都議定書ではそもそもCO2排出にカウントされない―という効果にあります。
環境省案に対し、石油業界は価格支配力の維持と付加価値による利益をねらい、経産省を利用してETBEをねじ込んでいるというのが真相のようです。
ただ、直接混入方式では、数ヶ月も放っておけば燃料が劣化し、エンジンにダメージを与えたり、かえって排ガスが汚くなる(NOxが増える?)ので、「ETBE方式の方が品質が安定する」という石油業界の言い分も一理ある…と聞いたことがあります。
投稿: speed! | 2006/04/13 22:02
speed!さん、コメントありがとうございます。
ご指摘の日経の記事は見落としていました。アメリカでは州によってはまだMTBE使っているんですねえ。で、アメリカはETBEにはせずに、エタノールを直接添加する方向に進んでいるわけですか。ふーむ、石油会社としてはMTBEプラントを有効活用する意味からもETBEを売り込みたいのじゃないかと思いますが、その辺はどうなのでしょう?
経産省の石油分科会の資料は結構膨大なので、時間を見てゆっくりと勉強させていただきます。
それにしても、エタノールの直接混合の問題点というのがどの程度のものなのか、ブラジルなんかはエタノールをバンバン入れてもう何年にもなるし、今度はアメリカがエタノールを入れようとしているようだし、ちょっとわかりにくい状況ですね。
そもそも、バイオエタノールによってどの程度環境負荷が減るのか(セルロースからエタノールを取り出すエネルギーに加え、地球規模では結構貴重な農地や水を食料生産ではなく燃料生産に使用するという問題もあるし)ということもありますしね。
投稿: tf2 | 2006/04/13 22:33