「DNAから見た日本人」
別に日本人のルーツがどうのこうのという話には興味がないのだが、DNAから見るという話には魅かれなくもない。例のミトコンドリアイブの話のような解析を様々な集団に対して行った場合、過去の人類の移動や拡散の様子が見えてきそうな気がする。現在の技術でどこまでできるのかにも興味がある。
ちくま新書 525
DNAから見た日本人
斎藤 成也 著(bk1、amazon)
本書は、日本民族の由来に興味のある人を対象読者としているのだろうと思うのだが、いわゆるDNA解析とは何かという話と、人類の出自やその移動に関する従来の知見という話の両方が出てくるので、つぼにはまった人には最適な本かもしれない。しかし、新書1冊に収めるのはやはり相当に苦しいようで、一つ一つの項目が説明不足というか、興味がかきたてられる一方で、中途半端に終わっているような欲求不満も募る。
もっとも著者のホームページが比較的充実しているので、詳細を知りたいときは色々とこちらで勉強できそうだ。
本書では、DNAや遺伝子のことや、進化と遺伝の話、およびDNA解析の方法(中立進化や遺伝的浮動の話に力を入れているし、ハプロタイプをキーとした解析手法も紹介されている)などの基礎知識がコンパクトによくまとまっている。また、人類のルーツを探る部分では、ミトコンドリア、Y染色体、常染色体のそれぞれのDNA解析の結果を、総合的に検討していく様子が紹介されている。
面白かったのは、古代DNAとして、日本の縄文時代の人骨から取り出したDNAを解析した結果などが出てくるあたり。今やそんなこともできるようになっていることに驚かされる。そういえば、恐竜の化石や冷凍マンモスからDNAを取り出す計画もあるようだし、火葬された骨からのDNA鑑定なんてことも話題になった。DNAというのは想像以上にタフな奴のようだ。
なお、本書では DNAからみた人類の系統(分類)とは別に、骨の解析や言語学的な面からの解析も紹介されており、これはこれで色々と考えさせられる。民族の体形(身体や頭の大きさや形状など)は、遺伝的な変化とは別に、食生活やその他の生活習慣でも大きく変わるので、従来の骨からの追跡には限界があり、DNA解析の結果と合わせて再検討されているようだ。
一方で、人類のルーツが一つであれば、いつごろから言葉を使い始め、それがどのように分化していったのか、というような研究に、DNA解析の結果が影響を与えていくというのも面白い。こうやって総合的に見ていくというのは、ある意味で推理小説を読んでいるような趣きがないでもない。(素人がその推理に楽しく参加するには、本書はちょっと情報不足だと思うが。)
最終章は「日本人」が消えるとき、というテーマで、まあ当然の帰結ではあるが、今後ますます世界的な人類の遺伝的な均質化が起こり、少なくとも遺伝子レベルでは人種という分類に意味がなくなるであろう、ということを述べている。文化的にどうなるか、については色々と不確定な要素も多いだろうと思うが、よく言われる「狩猟民族」とか「農耕民族」というような分類が文化的な相違の原因となっているのだとすれば、遺伝的な均質化は文化的な均質化を少なからず誘引する可能性もあるのだろう。
なお、人類を民族に分類する際に、アフリカ人、西ユーラシア人、東ユーラシア人、北アメリカ人、南アメリカ人、サフール人という分け方をするのを初めて知った。サフール人とは、かつて陸続きでサフール大陸と呼ばれていた、オーストラリア・ニューギニアに分布する人たちのことらしい。
本書は内容も文体もかなり堅い本なのだが、この本に書いてあることをネタにして、うまくストーリー展開すれば結構楽しめるお話になると思うのだが。
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