「リスク眼力」
著者の小島正美さんという名前は、毎日新聞の署名記事で何度か目にしており、特にBSE問題を調べた時にみつけた資料に中々面白いことを書く新聞記者がいるもんだ、ということで記憶に残っている。毎日新聞の署名記事というのは、記事を書いた記者の顔が見える(気がする)ことや、何となく親近感を覚えるという点でも高く評価できるのではないだろうか?
本書は、身の回りのさまざまなリスクを複眼的に見ること、特にリスクとベネフィットを考慮することによって、バランスよく評価しようという主旨で書かれた本である。著者が現役の新聞記者ということで、本書で主張している著者の意見と、著者が所属する毎日新聞の主張が必ずしも一致しているわけではない点も透けて見えるのが、面白いというか悲しいというか。。ネットを探してみたら、著者が毎日新聞に書いたコラムがみつかったが、これは本書のダイジェスト版のような内容となっている。
本書で扱っているリスクは非常に多岐にわたる。1章から順に、自殺、過労、うつ、子どもの脳、24時間社会、抗菌グッズ、性感染症、協和香料事件、米、ヒジキ、マグロ、ポテトチップス、環境ホルモン、ダイオキシン、農薬、遺伝子組み換え作物、BSE、病気などについて、総じて社会一般で言われているような「危険」という一面的な見方に対して、もっと多面的に見る必要があるという立場から書かれている。
特に目立つのが、消費者の利益を守るためと称して取られる対策が、むしろ労働者の健康や経済を犠牲にして成り立っているのではないか?という視点。これは、いわゆる科学系のリスク本ではあまり見られない論点であり、例えばBSE対策によって日本の外食産業が苦境に立っており、それに関連する仕事をしている多くの人たちの生活が脅かされていること、遺伝子組換え作物により逆に農薬の使用量が減ったり過酷な農作業が減ることにより生産者に確かなメリットがあること、24時間社会のメリットの裏側で心身をすり減らして働いている人たちの心身の健康が蝕まれていること、などを例に上げている。
危険か安全かという二分論ではなく、リスクの大きさをきちんと考慮する必要があるということを明確にしていることや、毎日新聞を含めて新聞が危険性だけを強調しがちな傾向があるという問題点を指摘している点など、著者の立場や過去の経歴などを考えると非常に高く評価できる本である。(参考:中西準子さんの雑感)
ただ、本書全体を通して統一された物の見方や考え方が確立されているか、というとまだそこまでの境地には達していないように感じる。あのゲーム脳仮説(?)を真に受けているような点も気になるけど、それ以上に、環境ホルモン、ダイオキシン、農薬、あるいは化学物質過敏症についての部分などは、どう見てもBSEに関する主張と比べると切れ味が悪い。まあ、フタル酸エステルとフタル酸、スチレンダイマーとスチレン、などをごっちゃにして記載している点から見ても、著者は化学が得意ではないと思われるのだが。。(これは化学を知っている人間から見るとちょっと許しがたい間違いである。)
また、個々の事例を全体の中できちんと位置付けをしてから評価すべきである、という主張がなされる一方で、その全体というのがあくまでも日本国内の現役世代だけで留まっている点もやや残念な点である。日本人は既に世界一の長寿を誇っているのに、なお独りよがりに自分たちの健康で豊かな生活のために、世界全体や将来世代にいろいろな迷惑を押し付けているのではないか?という視点を取り入れたら、もっと過激な結論に到達しただろうに。。 それと、人間はいずれ必ず死んでしまう、という視点も欲しかった。
なお、本書の冒頭で
危険(ハザード)とリスクは違うというわけだ。リスクは健康被害など自分にとって望ましくない現象が生じる確率のことを指す。と述べており、それ以降もリスクとは確率であるという定義で話が進んでいるのだが、これはどうだろうか? 日常的に頻繁に起きるけれども被害が小さい事象はリスクが大きいとは言わないのが普通である。リスクの現在最も一般的な定義は、ある事象の被害の大きさとそれが起きる確率の積のことであると思うのだが。。
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