「鉄理論=地球と生命の奇跡」
帯には「生命誕生は鉄のおかげ!? 鉄が進化を演出した!? 地球温暖化は鉄で解決できる!?」という、本書が取り扱う鉄に関する3つのトピックを掲げている。本書の内容は、鉄(鉄道マニアの鉄ではなく、金属の鉄を作る人)をこよなく愛する著者が、鉄という元素の誕生から人類の未来までを語るという何ともスケールの大きな、ユニークな試みである。
講談社現代新書 1778
鉄理論=地球と生命の奇跡
矢田 浩 著 bk1、amazon
著者は鉄鋼メーカーから大学教授へと転身された方で、専門はいわゆる金属工学や鉄鋼の分野のようだが、本書は宇宙、地球、生物、環境、鉄鋼、文明史というとんでもなく幅広い分野を扱っている。畑違いの生物分野などは中村桂子さんなどにチェックしてもらったとのことで、それなりに正しい記述となっているものと思われる。しかし、やはり著者の専門外のせいなのか、生命が微量元素である鉄をどう利用して、どう進化して、それが地球の大気や地質、水質の変化とどういう関係にあるのか、というこの前半のテーマについては、読んでいて今一ピンと来ないものがあるのだが、それでも、ほー、こんなモノの見方があったんだ、という軽い驚きを味わえる。
確かに、鉄という元素は最も安定した元素であり、宇宙での存在量も多い。そして、本書を読むまでは考えたことがなかったが、鉄という元素に特徴的な酸化還元特性や磁性といった性質があったが故に、今の地球環境や生物構成が存在しえるというのも事実だろう。それを奇跡と呼ぶかどうかは哲学的な問題だろうが、いずれにしても我々の存在に鉄という元素の存在が欠かせなかったと言われれば、確かにそれはそうだ。
もちろん、この元素がなければ今の我々はなかった、と言うだけならば、水素でも酸素でも窒素でも、あるいはリンやイオウやカルシウムなど、何でもそうだとも言えるけど、鉄が何かしらのマジックを秘めているのも確かだろう。
本書のタイトルである「鉄理論」とは、その生物に必須の元素である鉄を海に散布することが地球温暖化対策として有効だ、という説のことで、実はこのブログでも2004/3/4に鉄と海と光合成というエントリーで紹介したことがある。本書では、以前は「鉄仮説」であったのだが、大規模な実証実験により既に仮説ではなく理論に昇格したとして、実際の実験データもいくつか紹介されている。
ミネラル分の少ない「飢えた」海域に鉄をはじめとする無機塩類を補給することで、植物プランクトンが増えて、海洋の二酸化炭素吸収が増えるのは恐らく事実だろうと思う。ただし、本書で述べているような、今後どんどん増え続ける人為的に放出される二酸化炭素を、この方法で海洋に吸収させるというアイデアはどうだろう? 地球全体での長期的な炭素循環を考えた時に、本当に成立する話なのか? 最終的に海はどういう形で炭素を固定することになるのだろう? 生態系への直接間接の様々な影響をはじめとして、余りにも不明点が多すぎると思われるし、結局は人間の浅知恵だなぁという感じが拭えないのだが。。
もちろん、そうやって皆が二酸化炭素を自由に大気中に放出できる社会を望む考え方もあっていいのだろうが、その活動のエネルギーはどうするんだろう? 本書では、当面は石炭でまかなう考え方のようだが、結局は再生不可能な資源を使い果たしてしまうという問題に答えは見えないし、同時に二酸化炭素を大量に放出し、それを全部海洋に吸収させようというのは、人類史上最大の無謀な賭けとなるような気がする。誰がそんな決断を下せるのだろう?
本書の後半の鉄鋼技術から見た人類の文明史の部分もとても面白かった。ちょっと駆け足気味で物足りない部分もあるのだが、何故中国が世界の強国であり続けられなかったのか、という疑問も製鉄技術から説明できるし、イギリスでの産業革命も製鉄技術の革新がキーテクノロジーであったという説明がされる。
総じて、著者の鉄への熱い思いが伝わってくるし、全てを「鉄」という切り口で説明してみようという試みも面白い。地球温暖化対策の部分はさすがにどうかと思うけど、全体的には、読んでみて新鮮な視点を持つことができたし、この試みは十分に成功していると感じられる。
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コメント
初めまして。RX5と申します。
著者は工学博士ということもあるのか、やや楽観的な側面もあるかな・・・と思いましたが、いわゆる「新書」としては、なかなか読み応えのある内容と、書き方としてのスタイルでしたね。
書籍紹介というのは、つくづく難しいなぁと思いつつ、こちらのBlogに「なるほど!」と感心いたしましたので、TBさせていただきました。
投稿: RX5 | 2005/06/22 23:44
RX5さん、コメントとトラックバックありがとうございます。
サイトを見させていただきましたが、すごいペースで書籍紹介をされているので驚いてしまいました。
漠然と読むよりも、ブログで紹介しよう、と思って読むほうが、突っ込みどころを探したり、色々と考えながら読むことになりますけど、逆に気楽に読めなくなる面もありますね。
まあ、学校の宿題で読書感想文を書いているわけでもないし、誰に強制されているわけでもないので、気楽にいきましょう。
投稿: tf2 | 2005/06/23 20:58
tf2さん、レスありがとうございます。
通勤電車の中で、結構本が読めるので、紹介ペースは、おおよそこれくらいです。「当たり」の本の記事だけ書いてます。(一部には、以前読んだ本の紹介もありますが・・・笑)
>強制されているわけでもないので、気楽にいきましょう。
同感です。自分自身にプレッシャー与えても仕方ないですもんね~。
投稿: RX5 | 2005/06/30 12:38
島根大学の客員教授である久保田邦親博士らがこの境界潤滑の原理をついに解明。名称はCCSCモデル「通称、ナノダイヤモンド理論」は開発合金Xの高面圧摺動特性を説明できるだけでなく、その他の境界潤滑現象にかかわる広い説明が可能で、更なる機械の高性能化に展望が開かれたとする識者もある。幅広い分野に応用でき今後潤滑油の開発指針となってゆくことも期待されている。
投稿: 和鋼研究所 | 2017/07/02 17:14
地球環境に対する直球勝負の機械工学もしくは物理学の摩擦理論ですね。ノーベル賞級だという声も聴かれますね。
投稿: 内燃機関関係 | 2017/07/17 02:03
鋼と油が相互作用を引き起こすなんてどんか機械工学の教科書にも書いていなかったのでおどろき。
投稿: 西家 | 2017/07/24 08:01
事実だとすればノーベル賞級のパラダイムシフトですね。
投稿: 錦織 | 2017/08/05 18:13
これでも野球ファンのはしくれ。感動しました。
投稿: ダイバシティ | 2017/09/02 22:12
最強の弟子ケンイチも喜びそうですね。
投稿: カルロスゴーン | 2017/11/26 22:30
低フリクションと凝着を語ることができる統一的、境界潤滑理論でパウリの言う表面の悪魔がナノレベルのダイヤモンドであることをいうのがこのころは難しかったんですね~。
投稿: ものづくりの暗黙知を探して | 2020/06/08 02:05
久保田博士の社会実装は着々とすすんでいるようですね。自動車のエンジンのピストンリングに窒化なしでさいようされたらしい。
投稿: ジェットイノウエ | 2020/08/16 22:26
久保田博士の社会実装は着々とすすんでいるようですね。自動車のエンジンのピストンリングに窒化なしでさいようされたらしい。
投稿: ジェットイノウエ | 2020/08/16 22:26
博士のSNSのぞいてたらあの有名な国富論著者で経済学者のアダム・スミスの神の見えざる手を関数接合論で計算していた。価格決定メカニズムは流通量が、最大になるように、決定されるという新解釈。真偽はともあれ、材料物理数学再武装の関数接合論は役に立ちそうだ。
投稿: 電光石火マトリックス | 2021/06/30 18:00