「数学的思考法」
帯には「もっと試行錯誤を!!」と書かれているが、正にこれが本書の主張のエッセンスのようだ。前書きには、単純計算を素早く数多くこなして脳を鍛えよう、という最近のブームに対して
何よりおかしいと思われるのは、算数・数学は与えられた条件のもとでいろいろと「考えること」を学ぶものであるはずなのに、単純な計算練習の数をこなしスピードを上げることや解法を丸暗記することが数学力を上げる「救世主」であるかのように受け取られている風潮である。もちろん計算力は必要だ。しかしそのような「条件反射丸暗記」学習法は、「処理能力」は上がるかもしれないが、思考力を養うことにはつながらない。と書かれており、主として教育面に焦点を当てて、現状の問題点とそれに対する考え方を述べたものである。
講談社現代新書 1786
数学的思考法 説明力を鍛えるヒント
芹沢 光雄 著 bk1、amazon
本書は、
第1章 間違いだらけの数学観
第2章 試行錯誤という思考法
第3章 「数学的思考」のヒント
第4章 「論理的な説明」の鍵
という構成だが、首尾一貫した主張がそれこそ論理的に展開されており、非常にわかりやすい。数学の難しい話や数式は出てこないし、内容はある意味で常識的というか、納得できるものばかりである。教育という観点で書かれているけれど、一般社会でのさまざまな場面でのものの考え方や判断の仕方についても役立つエッセンスが多く出てくる。ある意味では、最近また流行っているらしい、「クリティカルシンキング」の具体的な解説本と言う側面もありそうだ。
マークシート方式の試験が主流となったために、数学の証明問題さえも穴埋め方式になったり、短時間に多数の問題を処理する能力を見る試験対策として丸暗記やテクニックに走ったり、といった弊害が出ており、むしろコツコツと地道に積み上げていく試行錯誤を伴う思考訓練が重要だという指摘はその通りだろうと思う。
ただし、実社会では時間は掛かるけど正しい答えを出す人と、そこそこの精度で即断即決ができる人のどちらが評価されるか、というと、スピードもかなり重要だと思うけどね。。
最近、基礎学力が低下しているという話をよく聞くが、本書を読んでみると、数十年前の自分の体験と比較してみて、確かに方法論としての問題を感じざるを得ない。とは言え、やっぱり時代は変わっているわけで、昔に戻せば済むというものでもないだろう。本書に書かれているエッセンスはとても重要なことばかりだと思うのだが、下手すると、本書に出てくるポイントだけをそのまま丸暗記するようなことになったりして。。
本書にも、数学と他の教科との時間の奪い合いのような話が出てくるが、世の中の情報量は時と共にどんどん増えているわけだし、勉強以外の場面でも脳みそを使う機会が圧倒的に増えているような気もする。その意味では、教えるほうも教えられる方も年々大変になっていっているのかもしれない。本書で指摘されている、試行錯誤や論理的な思考法の重要さには全面的に賛成したいのだが、数学教育だけを取り上げてどうすべきかを論ずるだけではバランスを欠いたものとなる恐れもあるしなあ。
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コメント
まあ今更ではありますが...
実社会では「スピードもかなり重要」というくだりについて。
もちろんスピードは大事ですが、物事の根本・原理・原則や、実情を無視した「即断・即決」ほど「社会悪」を引き起こすものもありません。
試行錯誤による思考というのは、物事の理や、優先順位をその都度吟味するということであって、そのことが即ち「時間がかかる」というものではありません。
人類や我々の社会が取り組まねばならない問題は、「そこそこの精度」では、決して到達することができない領域が大きく無限に拡がっており、上部だけ「無難」に思える判断は、前進はおろか現状維持することも難しく、時間を掛けて行われた試行錯誤による多大な努力を「無」にする悪影響すらあります。
そうしたことを私たちは、もっとよく考えるべきなのです。
投稿: sina | 2010/02/19 11:42