「決定版 失敗学の法則」
著者の畑村先生は「失敗学」という学問体系を構築したということで、知名度も高い。このブログでは、失敗知識データベースを覗いてみたで、失敗学に関するサイトを紹介してはいるものの、今まで著書を読んだことがなかった。今回、その決定版と称する本が文庫化されたということで、試しに読んでみた。
文春文庫
決定版 失敗学の法則
畑村 洋太郎 著 bk1、amazon
この先生のキャラクタなのだろうけど、独善的というか強引というか、複雑な事象を相当に単純な見方で決め付けたという印象が強い。ある種の人々にとっては見通しが開けて心地よいのかもしれないが、生理的に受け付けられない人には軽くスルーされてしまいそうだ。何というか、全体を通して謙虚さが足りない、というような感じを受けてしまうのだ。
本書は過去の事故や事件を例にあげ、そこから教訓を学び取る形で、様々な「失敗学の法則」を解説している。もちろん、過去の失敗から学ぶことは重要だし、その方向性は間違っていないと思う。ただ、本書で取り扱っている個々の事例についての解析は比較的常識的だし、さほど深く突っ込んでいるようにも思えない。本書で「法則」と称するものも、一見するとかなりバラバラに並んでいて、あまり体系化されているようにも見えない。
世の中一般に対して「失敗学」という言葉を知らしめて、失敗から学ぶことの重要性をアピールしたり、原因究明と責任追及は独立させる必要があることなどを主張した点では、著者の試みは高く評価したい。しかし、事件や事故を含めて失敗と呼ばれるものは、古今東西多くの事例があるわけで、昔からいわゆる「安全工学」を初めとして多くの体系化の試みがあるし、決して著者が初めてこの分野の学問化に成功したというものではないはずだ。
ところが本書では、せいぜいハインリッヒの法則が紹介されている程度で、リスクの考え方を初めとして、既に体系化されている従来の知見がほとんど紹介されていないし、取り入れられているようにも見えない。逆に「失敗のからくり」とか「失敗の脈絡」などのような新たな用語を敢えて定義して論理展開するところも、何だかなあ。
しかも「失敗学」は先生の専門の機械設計だけでなく、様々なものにその考え方を応用できるらしく、本書の中では会社をやめるかどうかの判断や上司や同僚との付き合い方、さらには浮気の仕方にまで、失敗学の考え方を応用しての(?)かなり無理やりな感じのQ&Aやアドバイスが載っていて、結構脱力させられる。。
さらに疑問を感じるのが、Q&A全体を通して伝わってくる保身的な考え方だ。組織内での自分の立場を守るためには、敢えて告発せずに口をつぐんだり、小さな失敗を隠すこともやむなし、という立場のアドバイスが多い。しかし、いやしくも「学問」の看板を掲げるのなら、本来は倫理の原則を示すべきであり、止むを得ない場合の例外もあるよ、という紹介程度にとどめるべきではなかったか?
なお、本書は文庫化に際し、六本木ヒルズの回転ドア事故の解析に関する説明が追加されている。
蛇足ではあるが、既存の「安全工学」については、音声付き教材ではあるが、Webラーニングプラザが充実している。「分野・映像から選ぶ」から「安全」を選び、「リスク管理と危機管理コース」や「計画・管理・分析の数理的手法コース」を見ると、よくまとまった資料が手に入る。また「技術者倫理」を選ぶと「事例に学ぶ技術者倫理コース」という資料もあり、この中にはスペースシャトル・チャレンジャーの事故事例やJCOの臨界事故事例などが取り上げられており結構面白い。
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コメント
失礼します。
「困難に打ち勝つメッセージ」のご案内
ご笑覧ください。
http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/
投稿: あだち | 2008/06/17 22:08