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2005/10/28

「食卓の安全学」

著者の松永和紀さんは、FOOD・SCIENCEという連載コラムを書かれているサイエンスライターで、元毎日新聞の記者。このブログでも過去に何度か松永さんの書かれた文章を参考にさせてもらっている。今回の本は、食にまつわる様々な話題について、比較的バランスよく突っ込んでおり、これ1冊でかなり広い範囲の基礎知識が得られるようになっている。

家の光協会
 「食品報道」のウソを見破る 食卓の安全学
 松永 和紀 著 bk1amazon

著者のホームページ、ワキラボには、参考文献リストというか参考文献サイトへのリンクが掲載されており、なるほどインターネット時代の書籍はこういうやり方もあるんだと感心させられる。。

なお、出版社の家の光協会だが、名前を見たときには、○○の家、◇◇の光 △△教会、という単語の連想から、怪しい宗教関係か? と思ったが、「家の光協会は、農業・農村文化の向上を目指すJA(農協)グループの出版・文化団体です」とのこと。知らなかった。。

冒頭で、みのもんたのTV番組でココアがコレステロール上昇を防ぐ効果があるというのを見た患者さんが、ココアを高カロリーの砂糖やミルクと一緒に沢山とるようになり、かえってコレステロールが上昇してしまい、お医者さんが大慌てしたというエピソードが紹介されている。そのときのお医者さんの言葉、「みのもんたと私のどちらを信じるんですか?」が、世間の状況をよく物語っている。TVで話題になるような健康情報には、複雑な現象の中のある一面だけを取り出したものや、効果があるとしても量的に考えて非現実的なもの、あるいは、そもそもの実験が怪しいものなども多いようだ。

本書では、BSE、環境ホルモン、残留農薬、遺伝子組換え食品などの実態をわかりやすく紹介し、マスコミ報道が一面的であることを紹介した後、いわゆる新聞の科学記事がどのように作られているのかの実態、さらには、その(怪しい)科学記事を正しく理解するために我々がとるべき方法が紹介されている。

中でも、著者の体験に基づいた、科学記事の作られ方はなかなか面白かった。確かに、日本の新聞の科学記事は欧米に比べても貧困だし、それを書く人たちも科学記事だけではやっていけない状況なのは想像がつく。しかも、最初に記者が書いた記事と、最終的に公開される文章との間に、何人もの担当者が入っているために、責任の所在が不明確になりやすい点も、なるほどである。

また、著者は敢えて「ナンチャッテ学者」という言葉を使って、非科学的なコメントを平気でマスコミに出したり、企業の広告塔になったりする学者を批判している。さすがに、固有名詞は出てこないが、こういうことを本に書くのは、日頃からいろいろな人への取材を必要としているジャーナリストとしては勇気のいることだったろうと思う。

科学記事を正しく見極めるための方法として、有名人のお墨付きには用心する、体験談は信用しない、動物実験結果に騙されない、記事広告に気をつける、といったことの他にも、学会発表段階では信頼できないことや、論文でも掲載される雑誌によっては怪しいこと、なども指摘している。まあ、このブログではできるだけ、そういった姿勢を保つように意識しているのだが、逆に何事にも批判的になってしまう恐れもあり、自分のスタンスをきちんと保つのはなかなか難しいと実感しているのだが。。

とは言え本書は、現在の食品が全て安全で、何も心配する必要がないと主張しているわけではない。日本の食糧自給率の低さ、それに伴う国内の窒素過剰問題、健康食品による弊害(健康食品を摂り過ぎることによる副作用など)、遺伝子組換え食品のあり方などを取り上げて、今後の方向性を論じている。

総じて内容は難しすぎず、簡単すぎず、非常に読みやすい。全体的なバランスも良いし、多くの人に読んで欲しい本である。もっと世の中で話題になっても良いと思うし、いっそのこと、松永さん自身がコメンテータとしてTVに出演しても面白いだろうと思うのだが。。

なお、この本の装丁は南伸坊さんとのことだが、装丁ってこの表紙のチェック柄ぐらいしかないんだけど、そんなものなのかなあ。。

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コメント

松永和気さんはBSEについてどんなことを書いてありました?このことに触れてましたか?
私はちょっと偏ったものを感じますが。。。

狂鹿病問題:鹿ハンターからヤコブ病26名発生 そして鹿肉骨粉や油脂・エキスの行方は?
http://blog.goo.ne.jp/infectionkei2/e/fdabffcdc95ff6b4d78cad2bc71cd0a5

【牛に鶏糞】鶏糞への肉骨粉混入率を30%程度とFDA要官見積(=年間30万トン?)
http://blog.goo.ne.jp/infectionkei2/e/c35a71a82981c6c137518f281eb161c0

英国:BSE(狂牛病)被害者は本当に150人だけ?盲腸推計3800人と、二次感染防止通知6000人 http://blog.goo.ne.jp/infectionkei2/c/a0209d89782edb34131184136abc37e0

投稿: sateko | 2005/10/30 09:36

本書は食品に関する報道全体について、広く扱っているので、BSEも one of them という取扱です。実際には240ページの中でわずか7ページしかBSEについては語っていません。従って、ご紹介いただいた話題については、全く触れていません。

私が、本書を「バランスが良い」と評価したのは、食の問題はBSEだけではないし、消費者の目線、生産者の立場、海外の事情、将来の食糧事情、等いろいろな立場があることを考慮して書かれていると感じたからです。

ひとつの問題を深く追求していくと、表舞台では話題にもならないような、いろいろな問題が出てくるのは、何もBSE問題に限らないのだと思います。そういう問題を粘り強く追及していくことは、とても大切だと思います。

ただ一方で、多くの人にとっては、BSEの問題以外にも、遺伝子組換えの問題も気になるし、残留農薬の問題も心配だし、という状況ではないでしょうか? そういう意味で、本書のようなスタンスで、さまざまな問題を「バランス良く」理解して、判断していくことが重要なのではないかと思います。

投稿: tf2 | 2005/10/30 22:29

バランスも大切ですが、よく調べていないことで安全を主張する場合は本当に注意しなければなりません。

イギリスのBSEも当初は人に感染しないと主張して対策を怠っていたからこそ、あれだけのコストおよび人への被害が及ぶ大惨事となりました。そしてそれはいまや世界中の問題です。

米国のリスクも肉の安全だけに目がいって、その裏の管理状況に目がいかないと、米国からさらに世界中に病気が撒き散らされる可能性があります。リスクを語るならそこまで踏み込まないと、と思うときがあります。

投稿: sateko | 2005/11/01 15:18

そうですね。リスク解析は、あくまでもリスクとして特定できるものを対象としますから、まだ顕在化していないリスクや将来のリスクは最初から計算の範囲外となってしまうでしょう。

今回のアメリカ産牛肉の輸入の可否の検討でも、生後20ヶ月以下の牛だけ、危険部位の除去をきちんと行う、という条件をクリアするという前提で、リスクを評価しています。松永さんの議論も、リスクを見積もる際の前提として、牛肉の管理はある程度きちんと行われることや、まだ明らかとなっていない危険性は考慮しない、ということを前提としているはずです。

その前提条件を明らかにしてさえいれば、議論としては特に問題ないと思います。最終的に食べても安全なのかどうか?というのは、「安全」のレベルをどう設定するかで決まります。これは、国や時代によっても異なってくるでしょうから、結局は政治的な判断に委ねざるを得ないと考えられます。

あとは、ご紹介いただいたようなアメリカの牛肉にまつわる暗部が、今のところ表舞台で議論されていない理由が、業界の陰謀なのか、それとも真剣に議論する必要がないと判断されているのか? という点が気になるところです。。

投稿: tf2 | 2005/11/01 20:32

>あとは、ご紹介いただいたようなアメリカの牛肉にまつわる暗部が、今のところ表舞台で議論されていない理由が、業界の陰謀なのか、それとも真剣に議論する必要がないと判断されているのか? という点が気になるところです。。

そうなんですよね。ここなんです。ぜんぜん報道されない。真剣に議論する必要がない情報なわけがないですもん。米国政府からは輸出肉関連企業に宣伝広告費が出てますから、それも影響してるのかも知れません。
http://blog.goo.ne.jp/infectionkei2/e/26465737f0866b47c55ab28b7c393d2c

投稿: sateko | 2005/11/01 22:47

確かに、国会でも話題に出ている話であるならば、それなりに議論に耐えられる内容なのでしょうから、一度マスコミなどを通じて、よりオープンな場に全部さらけ出して、そこできちんと議論すべきかもしれません。その上で、本当にリスク計算にカウントすべきことなのか、それともやっぱりその必要はないのかを、適切に判断すべきだと思います。

投稿: tf2 | 2005/11/02 01:22

あの・・・BSE対策において何よりも大切なのは、フィードバン、飼料管理です。家畜の伝播を広げないためにも、感染牛を食物連鎖から避けるためにも、それが一番大切です。WHOの勧告はそこにあります。「感染牛のすべての組織を食物連鎖に入れないこと」。。。

飼料管理のずさんさをおいて、BSE対策は語れません。

投稿: sateko | 2005/11/02 01:43

http://www.yasuienv.net/ProjectionRisk.htm
一応BSE楽観論のほうもリンク書いておきます
総合的に個々で判断するのが大切だと思いますので…

投稿: xtc | 2005/11/19 04:45

http://homepage1.nifty.com/sagi/
TVの科学系番組を見るなら
ココのサイトを目を通すのは良いと思います
批評も割としっかりしていて良です

投稿: xtc | 2005/11/19 04:53

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