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2005/11/09

「議論のウソ」

最近、「食品報道のウソを見破る」、「数字のホント?ウソ!」、「世間のウソ」というようなタイトルの本を読んだのだが、またまたカタカナの「ウソ」がタイトルに入った本である。漢字の「嘘」とはニュアンスが違うと言われれば、そうかもしれないが、出版社が積極的に使用する際には、何か使い分けのルールはあるのだろうか?

講談社 現代新書1806
 議論のウソ
 小笠原 喜康 著 bk1amazon

著者のホームページはこちら。専門は教育系で、「大学生のためのレポート・論文術」や「インターネット完全活用編 大学生のためのレポート・論文術」などの本を書いており、後者についてはこのブログでも初期に書評を書いている。

さて、本書は非常にシンプルな構成で

  第1章 統計のウソ  -ある朝の少年非行のニュース評論から
  第2章 権威のウソ  -「ゲーム脳の恐怖」から
  第3章 時間が作るウソ  -携帯電話の悪影響のうつりかわり
  第4章 ムード先行のウソ  -「ゆとり教育」批判から
  第5章 ウソとホントの境  -少し長い「あとがき」

となっている。1章から4章まではそれぞれ完全読み切りで、非常に明快な切り口で説明されている。世の中に氾濫している様々な議論や論調の中には、こういう典型的なウソが入り込んでいるかもしれないから、騙されないように心してかかれ、という教えとしてはもちろん有益なのだが、それにもまして面白いのが各論の部分。

統計のウソの章の、最近少年犯罪が増えており凶悪化している、という話は、統計データを恣意的に使う例として、どこか他でも見た記憶はあるのだが、こうやってまとまった形で読めるのはありがたい。ここでのポイントは、統計データに騙されないようにしようということの他に、複雑な事象を単純明快に理解しようと思っていると、落とし穴にはまるぞ、ということだろう。

権威のウソの章の「ゲーム脳」の話は、既に良識的な人たちからはダメダメの烙印を押されている「珍説」だと認識しているのだが、実は原文を読んだことがない。。 本書は、原文がどう「非論理的」であるかを具体的に容赦なく指摘しており、とても参考になる。権威に惑わされずに、論理展開をきちんと見極めて判断しなさい、ということだ。ただし、「ゲーム脳の恐怖」は比較的見破りやすそうだけど、もっと高級なテクニックを駆使して、科学の装いをされてしまうと、素人には見極めが困難となる場合もあるだろう。(科学と非科学の問題については、大阪大学の菊池さんのブログのここあたりの議論から目を通すと色々と考えさせられる。。)

時間が作るウソで取り扱っている、携帯電話の医療機器等への悪影響に関する考察も、議論の中身がとても興味深い。コトが下手すると人命にかかわるものだから、基準を安全側に設定する必要があるのだが、実験データの解釈まで恣意的に変えてしまうのはおかしいだろう、ということだ。特に、進歩の激しい分野では、以前の結果はあてにならない場合もあり、先入観を排除し、結論が変わることを恐れない姿勢が大切なようだ。ここの議論をみると、最近の携帯電話は、確かにほとんど悪影響を与えないレベルになっているようだ。(「ほとんど」というところが悩ましいわけだが。。)

ムード先行のウソについては、著者の専門領域だけに、他の3つよりも細かな議論が進められていて、学力をどう定義して、どう測定するかという問題や、そもそもどんな学力を身に付けるべきかといった点をきちんと議論せずに、「ゆとり教育」反対というイメージに流されている状況を一つ一つ明らかにしている。ここでも、結論としてゆとり教育が正しいのかどうか、ではなく論理の進め方が問題とされる。本書で扱っている他のウソでも同様だが、えてして結論がそこそこ許容できるものである場合に、途中の論理展開に手抜きやごまかしがあっても、何となく通用してしまう風潮があるのだが、それを見逃すことは、新たな問題を引き起こすことになりかねない。

この章では、例としてOECDによる各国学力調査の結果、日本の成績が低下したという報道を取り上げている。この学力調査で使われた数学や国語の問題が実に面白い。実例をここに1、2問紹介したかったのだが、ここに引用するのがはばかられるくらい文章量が多いのだ。しかも、読解力の問題などは、国語の問題と思いきやグラフを含む説明文の解釈が問われていて、どちらかというと科学論文を読む力が試されているという感じである。これでは確かに日本の普通の学校教育、少なくとも国語や数学といった既成の枠組みの成績とは対応しそうもない。

なお、本書で紹介されているものとは異なるが、2000年の問題例がOECD生徒の学習到達度調査の右上のリンク(問題例)から見ることができる。これは15歳を対象とした調査なのだが、この数学や科学的リテラシーの問題もなかなか面白い。

最後の章では、これらのまとめが書かれているかと思いきや、独自の理論展開が進められていて、何故か最後の結論が歯切れの悪い形で終わっている。。 ウソかホントかは簡単には決められない問題が多いことを指摘した上で、ある論理が正しいかどうかはその論理の立てられた立場に依存していること、従って立場が変われば答えが変わるので、各自が自分の立場を自覚して論理展開をすることが大切である、というような結論らしいのだが、今ひとつピンと来ない。。

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著者:小笠原喜康 マスコミなどで良く出てくる「わかりやすい」表現。その「わかりや [続きを読む]

受信: 2005/11/19 10:33

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