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2005/12/13

「コクと旨味の秘密」

帯には「科学の目で探検する『美味しさの世界』」とある。実は少し前に購入したのだが、味に関する話は難しそうで、読まずに置いてあった本。読み始めてみたら、なかなか面白くて、あっと言う間に読み終わった。「コク」は、科学で扱うには漠然としすぎているテーマだと思うし、そのせいもあって科学書としては突っ込みが浅く、どうかと思う面もあるのだが、読み物としてみれば、論理展開もわかりやすいく、役に立ちそうな雑学知識も豊富でお勧めだ。

新潮新書
 コクと旨味の秘密
 伏木 亨 著 bk1amazon

「コク」という極めて曖昧な用語について、その正体は何者で、それが食生活や文化にどう関わっているのかについて解きほぐそうという、ある意味ではとても壮大な挑戦である。ビール、日本酒、コーヒーなどの飲料における「コク」や、和洋中の各料理における「コク」など、全く別のカテゴリーのものを一括して取り扱おうというのもすごいが、さらには音楽や演技などの文化的な意味での「コク」までを守備範囲にしようというのだから、面白い試みである。

その「コク」の正体について、本書では3層構造をしていると説明している。第1層がいわばコク本体そのもので、ここではそれを「コアーのコク」と呼び、その正体は油、糖、ダシの3つの成分とのこと。第2層は、食感や香りなど、コアーのコクのおいしさを倍増させる役目をするものであり、第3層には、さらに抽象的で文化的な要素が存在しているとしている。コクをこのような3層構造と定義することで、カテゴリーの異なる食料や飲料だけでなく、食文化やさらには文化一般にまでコクという概念を拡張できるという、それなりになかなか興味深い論考となっている。

そもそも、コクの本体は油分と糖分とダシ成分であるという説の説明部分では、ネズミを使った実験が紹介されており、これがまた面白い。まず、ネズミにドライタイプとモルトタイプのビールを選ばせると、モルトタイプを選ぶことから、彼らもコクを好むらしいという興味深い結果が紹介される。さらに、ネズミは、油分、糖分、ダシについてはやみつきになるのだが、塩分などは必要に応じて摂取するが決してやみつきにはならないという実験結果から、これら3成分は生存本能に訴えかける性質を持っていて、それこそがコクの正体なのだ、と論理展開する。実際にはこの結論に至るまでに、世界各国のさまざまな食品の旨さの正体や、美味しさについての研究成果なども紹介され、結構説得力がある。

でも、よく考えてみるとネズミがこれらの物質にコクを感じているのかどうかは不明だし、ネズミと人間が同じものをコクと感じる必然性もないだろう。。 ネズミが食べるのを止められなくなる成分が人間にとってのコクである、と結論づけるのは強引すぎないか? 実は本書の前半では、コクというのは、単一の成分ではなく、多くの成分が複雑に混ざり合ったものだろうと述べていて、こちらの説明は納得できるのだが、これとコクの3成分の関係が今一スッキリ来ない。

実際には、もともと「コク」という用語が漠然としているので、そのままではどうやっても皆が納得できるような科学的な定義のしようがないわけで、ここではとりあえずこのように定義してみた、と理解しておいたほうがよいのかもしれない。

それでも本書は、「コク」というキーワードでいろんな料理や食文化を説明しようという試みとしては大成功だろうと思う。たとえば、子どもは濃くて単純な味が好きだけど、大人になると微妙な味やあっさりした味を好きになるという傾向や、鰹ダシをうまいと感じる日本人に特有の味覚は、どのように子どもに受け継がれていくのかなども、ネズミでの実験を交えてとてもわかりやすく説明されている。

味覚の存在意義は、もともとは生きていくために必要なものと有害なものを識別するという役目だったのだろうけれど、現代の人間にとっては、触覚や嗅覚、さらには想像力とか過去の経験や学習までを動員した総合的な感覚であり、だからこそ食は文化となるのだろうと、何となく納得させられる本である。

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