「わくわくする大科学の創造主」
「メタルカラーの時代」の文庫版シリーズの第11巻。このシリーズは結構お気に入りで、今までも、第6巻「ロケットと深海艇の挑戦者」、第7巻「デジタル維新の一番走者」、第9巻『「壊れぬ技術」のメダリスト』、第10巻「猛速度こそ我が人生」を紹介している。
小学館文庫
文庫版 メタルカラーの時代 11
わくわくする大科学の創造主
山根 一眞 著 bk1、amazon
今回は、15本のストーリーのうち、6本が「すばる望遠鏡」の話で、5本が北海道の「無重力実験施設」の話である。すばる望遠鏡は、NHKなどでも何度か取り上げられたこともあり、多少は予備知識があったのだが、無重力実験施設の方は、相当地味な施設のようで、実は全く知らなかった。残りの4本は、衛星画像解析、熱帯降雨観測衛星、宇宙太陽光発電所、超高感度TVカメラの話で、宇宙太陽光発電所だけ、実用化という点でちょっとレベルの異なる話と言えそうだが、全体としては、日本も基礎分野でここまで頑張っているぞ、という話を集めている。
すばるに関する話で一番驚いたのは、反射望遠鏡の直径8.2mの主鏡は、特殊なガラス表面にアルミニウムを真空蒸着したものなのだが、汚れなどによる性能低下に対応するために年に1度程度、この表面の蒸着を溶かして除去し、再度現地(!)で蒸着し直しているということ。そのための真空チャンバが望遠鏡の下部にあって、そこで作業が行われるというからすごい。
他に興味深かった話としては、すばるが置かれているハワイのマウナケア山には多くの国の天文台が集まっているのだが、そうなった経緯。1960年代に、当時の現地の主産業の一つであるサトウキビ栽培が不振になったとき、日系人の一人が天文台を誘致することを思いつき、それで町おこしをしようとしたのが発端らしい。実現するまでにかなりの紆余曲折があったようだけど、粘り強く働きかけた結果、今やここには12カ国、13基の観測施設が置かれ、天文観測のメッカとなっているのだから面白い。
一方の、無重力実験施設の話は、内容を全く知らなかったので、すべての話がとても面白かった。昔の炭鉱跡を改造して、深さ710mの真っ直ぐな穴を作り、実験設備を入れたカプセルをここから自然落下させ、約10秒間の無重力状態を作るというもの。これだけの時間、無重力状態を作れる設備は世界にただ一つ。たった10秒で何がわかるの?という気がしてしまうのだが、あのNASAでさえも、わざわざ使わせてもらっているとのことで、貴重な施設のようだ。
あまり知られていないし、宣伝もしていないようで、公式ホームページ?も随分そっけないが、長崎大学のサイトでもう少し親切な説明が見つかった。
最大速度は時速360kmにもなるのだが、この穴の中は真空ではないので空気抵抗があり、このままでは無重力状態とはならない。そのため、圧縮空気のジェットを上向きに噴射して空気抵抗分を相殺するように加速している。このための速度制御や、この状態から無事に停止させるためのブレーキ技術、さらには高速移動中のリアルタイム通信技術などが、この実験設備のために、それぞれ独自に開発されたというのもすごい。
考えてみると、望遠鏡とか無重力実験施設の話が面白いのは、世界の最先端レベルの技術でありながら、やっている内容がわかりやすい点にあるのではなかろうか? 超高感度TVカメラの話などは、いろいろと説明されているようでいて、実際にどんな技術をどのように開発したのかがどうもピンと来ない。多分、山根さんも詳細にはわかっていないのだろうから仕方ないのかもしれないが。。 それに比べて、「すばる」は結局のところ光学望遠鏡だし、無重力施設もニュートン力学の世界だ。どんなに大きくなったり、速くなっても、山根さんも僕らも、その基本的な部分は理解できるし、だからこそ、そのすごさも想像できるし、わくわくするんじゃなかろうか。
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コメント
はじめまして
いつも楽しく拝見させて頂いてます。
今回話題に出た無重力実験施設ですが、先日TVを見ていたら鉄腕DASHでこれと同様の施設を利用した様子が再放送されていました。そちらは無重力状態が4.5秒しか続きませんでしたが。少々見にくいですが、HPから実験の様子が幾つか閲覧できます。
http://www.ntv.co.jp/dash/tetsuwan_new/past/2004/0509/02_pg01.html">http://www.ntv.co.jp/dash/tetsuwan_new/past/2004/0509/02_pg01.html
今回の記事の最後にある、「やっている内容がわかりやすいから面白く思える」と言う意見にはとても共感できます。授業や公演などでわからない話をされて全然興味が沸かず、ついには眠くなってしまうことは誰しも経験があると思います。理解できる、わかるから面白いし、楽しいから興味が湧き、学習意欲が駆り立てられます。だから、難しい内容の話でも、解り易く、楽しく人に伝えられるという事は、とても重要だと思います。以前こちらの記事で大学生の理系離れについて取り上げてましたが、(確か絶対数が分からず結論がはっきり出なかったかと思いますが)学徒の興味分野を広げられる教育者が充実することで、より学習意欲を持ち続けれる人は増えると思います。これは理系に限った話ではありませんが、そうすることで優秀な人材が増え、技術向上も加速するだろうと思います。
投稿: tm | 2005/12/05 17:24
tmさん、コメントありがとうございます。
科学教育の分野については専門家の方の議論を横から眺める程度ですから、偉そうなことを言うつもりはありませんが、学校の現場だけでなく、世の中の状況も以前とは大きく変わっていますから、対策も単純ではなさそうです。でも、「興味を持つ」というのが絶対条件となることは確かだと思います。
わかりやすく科学や技術を多くの人に伝えることが大切だということで、サイエンスライターやサイエンスコミュニケータなどを養成しようという動きもあるようですね。それが職業として成立するのかは疑問ですけど、これもニワトリと卵の関係かもしれません。
投稿: tf2 | 2005/12/05 19:12