「宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ」
何とも変なタイトルの本を見つけてしまった。しかも岩波科学ライブラリーである。パラパラッとめくってみると、「しまりす」と「先生」の対話形式で、全体的に漢字が少ないようだし、イラストも入っているし、かなり読みやすそうだ。これってもしかして中学生向け? と思ったのだが、あとがきには、
できるだけ多くの、高校生、大学生のみなさんに「へーっ、医療統計っておもしろいんだ」ということをしってほしいですし、もし万が一ひょっとして医療統計を研究してみたいと興味を持った方は、先生の研究室のホームページ(http://www.kbs.med.kyoto-u.ac.jp/)をのぞいてみてください。と書かれている。
岩波科学ライブラリー 114
宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ
佐藤 俊哉 著 bk1、amazon
本書は、高度な文明を持ち、病気が存在しない「りすりす星」に住む宇宙人が、地球を征服することをたくらむところから始まる。征服後に効率的に地球を統治するためには地球人の病気を管理する必要があることから、疫学や医療統計学を学ぼうと「りすりす星」から一人(?)の学生「しまりす君」が京都の大学にやって来て、勉強するという話である。ってどんな話なんだか?
医療統計の入門書なのかもしれないが、統計の基礎(平均とか偏差とか)の説明は一切ない。最初に先生がしまりす君に次の問題を出す。
第1問 率はどれでしょう?しまりす君がうまく答えられないのを見て、次に、比と割合と率の違いをいってみてください、と問いかける。答えがわかるだろうか? 医療統計の世界では、比と割合と率はきちんと区別して使われるようだ。英語では、それぞれ ratio、proportion、rate に相当するらしい。少なくとも僕は今まで、このような明確な区別を習ったことはないように思う。比と割合の違いは何となくわかるのだが、割合と率は使い分けていないように思う。
1)打率
2)離婚率
3)死亡率
4)有病率
例えば、死亡率と死亡割合は異なる概念を説明する用語として使い分けられていて、定義を知らないと困るわけだ。まあ、説明されれば、なるほどそうかな、と納得できる定義ではあるのだけど。。
時には、しまりす君が薬の効き目を調べるためにタイムマシンを使って過去に戻ってみたりしながら、そんなことをしなくても医療統計によって推定する方法を学んだりするのも、面白い趣向である。
それやこれやで、本書の前半は比較的平易な内容で、説明も丁寧なのでよくわかるのだが、後半はあっさりと説明されているものの、いつの間にか相当高いレベルの話になっているような気がする。ところが、しまりす君はさすがに高度な文明の星の大学生だけあって、かなり鋭い理解力を持っているようだ。読みやすい文体とも相まって、何となくすっきりと理解した気にさせられるのだが、油断大敵である。後で思い返すと実はあまり理解できていなかったりするのだ。それもそのはず、Amazon.co.jp のレビューによると、実は医療統計学の分野の最先端領域にも触れられているらしい。
惜しむらくは、ちょっと中途半端ということだろうか。本書は120ページ弱と薄いし、説明が平易な文章で行われていることもあって、正直に言って中身が少ない。そのため、入門書としては面白いと思うが、この本で医療統計を理解しようと思ったら間違いだろう。恐らくは、まともな教科書や参考書で勉強しながら、この本を副読本とするような読み方がいいのかもしれない。
統計というと普通は数式が沢山出てくるけど、本書は難しい内容を数式も使わずに、実にわかりやすく説明している。ここまで噛み砕いて説明できるということは実はすごいことなのだろうと思うし、かなり大変だっただろうと思う。せっかくだから宇宙怪人しまりすシリーズの続編を期待したいところだ。
それにしても、何故「しまりす君」が「宇宙怪人」なのかは疑問のままだ。 っていうか宇宙怪人って普通の(?)宇宙人とはどこが違うのだろうか?
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コメント
べいちゃんです。初めまして。パソコンを使いだしてから科学に興味を持ち出した一人です。相対競り論の本なんか面白くて読んだりしています。
これからも科学のこと色々教えて下さい
これからもよろしくお願いします。
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投稿: べいちゃん | 2006/02/16 03:38
コメントありがとうございます。ブログ拝見しました。面白い話題が多くて感心します。ここの話題は堅苦しいものが多いのですが、こちらこそよろしくお願いします。
投稿: tf2 | 2006/02/16 18:31
以前から時々拝見させていただいております。群馬大学の中澤と申します。「宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ」を取り上げられるとは,お目が高い。はっきり言って名著です。
しまりす君は奥様のリクエストで登場したとどこかに書かれていましたが,宇宙怪人である理由は,佐藤先生が昔からカードのエンダーシリーズの愛読者だったからだと思います(たぶん)。
投稿: 中澤 | 2006/02/16 19:53
中澤さん、どうもありがとうございます。そうですか、やっぱり名著だったのですね。ただ、この本はあまりに読みやすいので、考えなくても読めてしまうのが難点かもしれません。私も、もう一度じっくりと読み直してみようかと思ってます。
エンダーシリーズは残念ながら読んだことがないのですが、http://www.sf-fantasy.com/magazine/bookreview/ender.shtml">これですね。。
ところで、比と割合と率の使い分けはわかったのですが「比率」はどうなるのでしょう? 割合と同義でいいのでしょうかね? もしよろしければ、お教えください。
投稿: tf2 | 2006/02/16 20:16
Ender's sagaは壮大な話で,本書冒頭の「宇宙怪人しまりすの誕生」で引用されている『死者の代弁者』もその1つです。
比率というのは,だいたいproportion,つまり割合をさしていうことが多いので(標本比率とか母比率とかいうとき,普通は割合のことをさしています),その理解でいいと思いますが,曖昧な言葉です。どちらかというと,「量」の対義語ではないかと思います。統計の教科書では,平均値の差の検定としてt検定を紹介したあとで,比率の差の検定としてカイ二乗検定を紹介しているものが多数あります。
投稿: 中澤 | 2006/02/17 12:25
ありがとうございます。t検定とかカイ二乗検定なんて、なつかしい用語が出てきたので、昔使ってた統計の入門書を出してきて確認しました。
投稿: tf2 | 2006/02/17 19:46