『「複雑ネットワーク」とは何か』
帯にも「友だちの元カレは私の元カレだった!」という惹句があるように、若い人たちを想定読者とした本といって良さそうだ。ネットワークというと、今やインターネットに代表されるコンピュータネットワークを思い浮かべるが、本書で取り扱うのはそれだけに留まらない。様々な人間関係、感染症の広がり方、脳の情報伝達、など色々な分野に適用することのできる「複雑ネットワーク」という考え方の入門書となっている。
ブルーバックス B1511
「複雑ネットワーク」とは何か 複雑な関係を読み解く新しいアプローチ
増田 直紀、今野 紀雄 著 bk1、amazon
前半がネットワークの科学についての導入編、後半がそれの応用編となっている。前半部では、木(ツリー)と格子、ネットワークの距離、クラスター性、スモールワールド・ネットワーク、スケールフリー・ネットワークなどのキーワードについて、基礎から説明してくれる。簡単な例を交えて非常にわかりやすい説明が続き、とても好感が持てる。元々パズル的な側面があることも大きいのかもしれないが、単にわかりやすいだけでなく、それが実際の場面を考える際にどう使えるのだろうとか、もっと発展させたらどうなるだろう、というような知的好奇心が刺激されるのが心地よい。
世界中の誰にでもたった6人の知人をリレーするだけで到達できる、というスモールワールドの話は最近有名だが、本書でも実際の実験結果が mixiでの実験例も含めて紹介されている。またそれに関連して、世界の俳優の共演関係からその距離を表す数として考案された「ベーコン数」や、世界の数学者の共著関係を表す「エルデシュ数」というアイデアも非常に興味深い。さらには、大リーガー同士の距離を計算するベースボールの神託なんていう試みもあるようだ。
この前半部分で残念なのは、後半でも度々出てくる「スケールフリー」についての説明がやや中途半端であること。ネットワークの次数分布がベキ乗則に従うものをスケールフリー・ネットワークと呼ぶということだが、本書の説明だけではここの部分は今ひとつわかりづらい。自分で簡単なネットワークの例について実際に計算してみないと理解しにくい概念だろうとは思うのだが、他の部分がわかりやすいだけに、もう少し実例を交えて解説して欲しかった気がする。
後半の応用編では、感染症の感染経路、通信ネットワーク、ニューロンのネットワークとタンパク質のネットワーク、ビジネス社会のネットワークなどが取り扱われている。前半と比べると内容に比べて分量が少なすぎるのか、やや消化不良の印象がある。通信ネットワークの部分は、直感的に理解しやすいこともあり良いのだが、脳のネットワークについてはかなり詳しく触れられている割には、今一ピンと来なかったし、タンパク質ネットワークについては具体的なイメージを抱くところまでも到達できなかったような気がする。
それでも、最後のビジネス社会のネットワークの部分では、簡単なモデルでリッチ・クラブ現象やビップ・クラブ現象といった興味深い人間関係を表現できる例が紹介されており、これらのモデルを使用して、いわゆる黒幕と呼ばれる存在を説明する試みなども、この分野の応用可能性や今後の発展を予感させる。
全体的には、全くの初心者を対象とした入門書でありながら、この理論の広がりやその面白さを伝えることにかなり成功していると思える。複雑ネットワークという考え方は、この本で紹介された応用分野以外にも、自然界や人間が作り出した、何らかの相互作用のあるもの同士の挙動、世の中で起こる様々な現象、人間が考え出した成果物、などなど非常に守備範囲が広いもので、結構有力なツールとなりうるということがわかる。もしかしたら、今後このネットワークの考え方というのは、多くの人たちが基礎的な教養の一部として身に付けるべきものとなるのかもしれない。
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