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2006/09/28

「気象病 天候が健康を脅かす」

著者はNHKニュースで天気予報を担当しているベテランの気象予報士。気象の変化と病気の関係を春夏秋冬の季節ごとに整理して、さまざまなデータを使いながら解説したもの。

NHK出版 生活人新書 189
 気象病 天候が健康を脅かす
 村山 貢司 著 bk1amazon

著者は気象予報士であって医者ではないから仕方ないのかもしれないけど、何だかなあ、という内容。気温、湿度や気圧などの変化と病状の変化との相関がいろいろ出てくるんだけど、ちょっと表面的な見方が過ぎるのではないか? という印象もある。

例えば、気温の急激な変化は健康に悪影響を与えたり、病状を悪化させたりすることが多いのだけど、気圧の変化は巷で言われているほどには影響はないようだ、という指摘。その具体例として、台風が通過する前後数日間の、気圧や風速などとぜんそくの発作で病院に搬送される病人の数の関係を調べているんだけど、台風の真っ只中にいたら、たとえ病状が少々悪化しても病院に行けない人もいるだろうし、これで本当に意味のあるデータとなるのだろうか、などの疑問が残る。。

本筋とは関係ないんだけど、気になったのがマイナスイオンについてのコラム。

 最近の健康ブームで注目されているのがマイナスイオンです。エアコンの中にはマイナスイオン発生をセールスポイントにしているものまであります。空気中には目には見えませんが様々な微粒子が浮いており、その中の帯電している微粒子をイオンといいます。マイナスがあるわけですから当然プラスイオンもあります。プラスイオンは人間の交感神経を刺激し、心臓の活動を活発にし、血管を収縮させる働きがあり、いわば人間を興奮状態にするものです。これに対してマイナスイオンは人間の副交感神経に作用します。プラスイオンとは逆に心臓の働きを鎮め、血管を拡大させる働きがあります。こちらは人間をリラックスさせることになります。マイナスイオンがたくさんある場所にいるとリラックスし、ストレスが減少するといわれています。

 自然界でマイナスイオンがたくさんあるのは水しぶきの上がる場所で、滝の近く、渓流、海岸、高原の水辺などになります。これらの多くは夏の保養地になっているところであり、特に水辺の散策はマイナスイオンをたくさん浴びることができます。

 雨も水しぶきの一種ですから、雨上がりの空にはマイナスイオンがたくさん含まれています。雨上がりの空が気持ちよいのは、空気が澄んでいるだけでなく、マイナスイオンが増加したことも加わっています。普段の生活の中ではシャワーを浴びるときにたくさんのマイナスイオンが発生しています。浴槽の中でリラックスし、さらに上がるときにシャワーを浴びることでより気持ちが落ち着くことでしょう。

この本の発行は2006年8月であり、さすがに今もマイナスイオンのお話を素直に信じ込んでいるとすると、大手マスコミの現役のキャスターでもある気象予報士の文章としては、あまりに無邪気というか、勉強不足というか、心配したくなる。(参考) まあ、この本の内容は、そういうセンスの人の文章だということを念頭に置いて、思いっきり眉にツバを付けて読むことになるな。

気象病グラフ
もう1点、読んでいて気になったのがグラフ。恐らくパソコンの表計算ソフトで「折れ線グラフ」を選んで描いているんだろうけど、こんなグラフがいくつか出てくる。これを見て、特に気にならない人もいるだろうけど、普通(少なくとも理系の教育を受けた人)はかなり違和感を感じるんじゃなかろうか?

ということで、気象予報士という資格は結構難しいと聞いているけど、こういうセンスの人も合格しているってことで、やっぱり、何だかなあ、という感想だ。。。 

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2006/09/27

ニューヨーク市がトランス脂肪酸を禁止?

Reuters News(9/26)で見つけた記事。New York proposes trans fat ban in restaurants

New York City's Health Department on Tuesday proposed a near ban on the use of artificial trans fat at restaurants, likening its health danger to that of lead paint.

The proposal would limit the use of the artery-clogging fat, which is often used in fast foods, to 0.5 grams per serving. The proposal comes after a year-long city campaign to educate restaurants on the effects of such fats and encourage them to stop their use.

ということで、ニューヨーク市はレストランなどでトランス脂肪酸の使用を禁止する条例を制定しようとしているらしい。トランス脂肪酸そのものは天然に様々な食品にも含まれていたはずだし、今まで結構長年にわたって摂取してきたものだと思うのだけど、禁止しちゃいますか。。 日本での報道を探してみたら、livedoor ニュースがNY市、外食店でのトランス脂肪酸含有食品提供の禁止を検討というニュースを報じている。
  トランス脂肪酸は血管を詰まらせる悪玉コレステロールを増やす物質で、ショートニング、マーガリンと揚げ油などに含まれるため、これらを使用したドーナツ、パイ、フライドポテトなどにも含まれる。使用食材の一からの再検討を強いられる外食産業からは、「ラベルなど一定の基準を定めるならともかく、完全に禁止するのは容認できない」と、反発も出ているが、当局側は「トランス脂肪酸を含む食材は容易に他の食材で代替が可能だ。トランス脂肪酸は危険かつ不必要な成分で、なくなっても誰も困らない」としている。ウェンディーズ、フリトレー、クラフトなど一部の外食・食品会社は、自社製品からトランス脂肪酸の排除を進めている。
ということだが、そんなにトランス脂肪酸って悪者だったのだろうか? トランス脂肪酸で検索してみると、有害性を強調したサイトがかなり多くあることに驚かされる。一方、マーガリン工業会では「トランス脂肪酸について」という見解を掲載しており、少なくとも日本人の食生活においては全く問題がないと書かれている。

市民のための環境学ガイドのトランス脂肪酸はどのくらい問題かは、ちょっと難解だが充実した内容で、この問題の背景などの理解を助けてくれる。結局、適度な量をバランス良く食べるというスタンスでいれば、トランス脂肪酸だけを特に心配する必要もないといったところだろうか。

もっとも、標準的なニューヨーカーの場合には、トランス脂肪酸の取りすぎが問題になるような食生活なのかもしれないけど、それにしても外食産業での使用を禁止するという対策もどうかと思う。そんなことよりも、食生活の質と量を改善することを考えるべきだろう。この条例が可決されることで、もういくら食べても大丈夫、という誤った認識が広がって逆効果になることだって考えられなくもない。

なお、USA TODAYの記事によると、トランス脂肪酸の使用を禁止する条項に加えて、ファストフードチェーン店などのメニューにカロリー表示を義務付けるという条項も提案されているようだ。こういうのって日本でもファミリーレストランなどで見かけるけど、どの程度の効果があるものなのだろう? 

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2006/09/25

ホンダの新しいディーゼル排ガス浄化システムは超スグレモノ

asahi.comのニュース(9/25)から。ホンダ、次世代ディーゼルエンジンを公開

 ホンダは世界で最も厳しいといわれる米国カリフォルニア州の規制をクリアした「次世代型ディーゼルエンジン」を報道陣に公開した。エンジンの触媒内でアンモニアを生成することで、窒素酸化物(NOx)の排出量を大幅に削減することに成功したという。3年以内に新型ディーゼルエンジンを搭載した車を米国で販売するのが目標だ。

 ディーゼルエンジンの利点は、ガソリンエンジンに比べて燃費が良く、二酸化炭素(CO2)排出量が少ないことだ。このため、地球温暖化問題の観点からCO2を抑制するのに有効性が高いと見られている。欧州では今も自動車エンジンはディーゼルが主流だ。基準が厳しい米国で新エンジンの販売にこぎつければ、欧州や日本での販売も可能になる。

 ホンダの次世代型ディーゼルエンジンの触媒は2層から成り、下の層が排出ガス中のNOxを吸着。それを排出ガス中の水素と反応させてアンモニアを作りだす。上の層ではそのアンモニアと別のNOxを反応させて無害な窒素に変える。

 ディーゼルエンジンではこれまでアンモニアを作るのに尿素を使うのが主流で、尿素が足りなくなると補充する必要があった。

ディーゼルエンジン排ガスのNOx分解に使用する還元剤として、排ガスから合成したアンモニアを使用? 排ガス中に水素なんて含まれていないだろうし、一体どうなっているんだろう?

HONDAの広報発表、新開発NOx触媒を採用した新世代ディーゼルエンジンを開発には触媒上での反応の模式図が載っているが、リッチバーン時の排ガス中のCOとH2OからPt触媒上で水素を合成し、これと吸着させていたNOxからアンモニアを合成し、さらにこれをNH3吸着層に貯え、次のリーンバーン時に排ガス中のNOxとNH3を反応させて、NOxを窒素に分解してしまうようだ。こんな複雑な反応をきちんとコントロールできるのだろうか? システム構成図を見ると、エンジンからの排ガスは最初に酸化触媒でCOとHCを酸化分解除去することになっているけど、後のNOx分解触媒層で水素を合成するためには適度なCOを供給する必要があるわけで、これまた結構複雑な制御を必要としそうに思える。Responseニュースによると、

ホンダは25日発表した新型ディーゼルエンジンのNOx(窒素酸化物)触媒について、システム全体や材料などについて国内外に特許出願した。10月には海外の学会で発表し、技術の詳細を公表する。

福井威夫社長は、このNOx触媒に関して同業他社からの技術供与要請があれば「適正な価格で供与させていただく」と述べ、製品や技術の供与に応じる考えを示した。

ということで、詳細は10月に発表されるとのことだが、他社への技術供与も視野に入れているということで、かなりの自信を持っていることが伺える。

特許電子図書館で本田技研の特許をざっと検索してみた結果、今回の技術と関連していそうな特許として特開2005-214098が見つかった。この特許は排ガスからのアンモニア合成とこのアンモニアによるNOx分解を行う排ガス浄化システムの制御方法に関するものだが、明細書中にはNOx浄化触媒、および触媒上で起こる反応について、以下のようなことが記載されている。

NOx浄化装置は、アルミナ(Al2O3)担体に担持された、触媒として作用する白金(Pt)と、NOx吸収能力を有するNOx吸収剤としてのセリア(CeO2)と、排気中のアンモニア(NH3)を、アンモニウムイオン(NH4+)として、保持する機能を有するゼオライトとを備えている。

・リッチ側の反応
   CO + H2O -> CO2 + H2
   2NO2 + 7H2 -> 2NH3 + 4H2O
   2NO + 5H2 -> 2NH3 + 2H2O

・リーン側の反応
   4NH3 + 4NO + O2 -> 4N2 + 6H2O
   2NH3 + NO + NO2 -> 2N2 + 2H2O

この明細書には触媒についてはほとんど記載されいないし、探してみた範囲ではこのシステムで使用する触媒についての特許も見当たらなかった。Responseのニュースからすると、そのものズバリの特許はこれから公開されるのかもしれない。

自動車排ガス浄化触媒は、単純な酸化触媒から、酸化と還元を組み合わせた三元触媒に、さらにトヨタのNOx吸蔵触媒やダイハツのスーパーインテリジェント触媒へと進化し、一つの触媒がより多機能でスマートなものへと発展してきた。今回のホンダの触媒は、さらにその延長上ということになるのだろうけど、NOxからアンモニアを合成し、このアンモニアでNOxを還元するというのは、本当にスグレモノという印象だ。

何年も前の話だけど、いわゆる触媒研究者や触媒屋さんは、いかにして酸化雰囲気でNOxを分解するのかという方向で開発を進めていたような気がする。でも、自動車屋さんは異なる機能を持つ複数の成分を複合化した「触媒システム」を設計することで問題を解決したと言えそうだ。トヨタがNOx吸蔵触媒を実現させたのにも驚かされたけど、今回の技術なんか更に数段複雑で、アイデア段階で「そんなこと無理だろう!」と却下されてしまいそうな気もするのだが、それを自動車に組み込むシステムとして実用化してしまったというのだから恐るべしだ。。

*ディーゼル乗用車の市場動向、技術動向、経済性、環境影響などについては、経産省の調査報告書が非常に詳細でよくまとまっているようだ。

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2006/09/22

アメリカでも科学教育に危機感

たまたま見つけたReuters Newsの記事(9/21)から。U.S. science education lags, study findsによると、アメリカの National Research Council が、アメリカの小学校および中学校の科学教育は問題を抱えているというレポートを出したとのこと。

Part of the problem is that state and national learning standards for students in elementary and middle schools require children to memorize often-disconnected scientific facts, the report said.

Other countries such as Japan have students explore a core set of ideas, with increasing depth as they get older, it said.

"Comparisons of science standards and curricula in the United States with that of countries that perform well on international science tests reveal overly broad and superficial coverage of science topics in U.S. classrooms," said the report by 15 education specialists from across the country.

The report also criticized teacher training, saying undergraduate courses required for teachers were not substantial enough and schools need to support their teachers in learning more about their subject.

指摘されている問題点は、アメリカでは多くの事項を互いに余り関連付けずに、単に記憶させるような教育となっているという点のようだ。比較の対象として日本を取り上げ、日本では学年が進むにつれて段階的に深い知識を与えながら、アイデアのコアセットを探求させていると書いてある(らしい)けど、日本なんかを見本にして大丈夫だろうか? なお、教師についても、質的に不十分で、それぞれの教科についてもっと勉強する必要があるとも指摘している。

日本もゆとり教育が間違いだったとか、特に理科系科目の成績低下が顕著だとか色々と指摘されているけど、何のことはない、アメリカも同じような悩みを持っているということだろうか。同じニュースを扱ったwashingtonpost.comの記事では、

The report, sponsored by the National Science Foundation, National Institute of Child Health and Human Development, and the Merck Institute for Science Education, reiterates concerns that have been expressed for years by business leaders and educators who fear the country is in danger of losing its scientific superiority because of a poorly trained workforce. It also cites the continuing achievement gap between white and Asian students and economically disadvantaged black and Latino students.
このままでは、きちんとした訓練を受けた労働力が育たず、将来アメリカが科学面での優位性を失ってしまうだろうという危機感が出ているが、これもまた日本と同様の問題意識のように見える。もっとも、アメリカの場合には更に人種間の格差という問題もあって、より複雑な事情が見えてくるのだが。。

なお、国際数学・理科教育動向調査の2003年調査(TIMSS2003)を見ると、小学生および中学生のいずれにおいても、そして数学および理科のいずれにおいても、日本はアメリカよりは好成績である。(日本の上にいるのは、シンガポール、香港、台湾などのアジア諸国ばかり) ただし、数学や理科への意識面(楽しさ、必要さ、積極さなど)の調査結果では、日本は軒並み世界最低レベルで、アメリカをも大きく下回っており、こちらの方がより深刻な問題という気がする。

一方、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2003年調査は、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーについての15歳児を対象とした調査結果だ。この調査では日本の成績低下が話題になったのだが、アメリカは更にかなり下位に位置している。教育改革が色々と言われているようだけど、アメリカが科学教育を今後どう改善していくのかという点にも注目していくのもいいかもしれない。

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2006/09/21

氷の消失で北極点まで船で到達可能に

livedoor ニュースの記事(9/21)から。北極海で氷が大量消失=8月撮影の衛星写真で判明

 北極海で8月、ブリテン諸島(英国とアイルランドおよびその周辺の島々)に相当する面積の万年氷が消失し、欧州北方の島から北極点まで船で容易に行き着けるほどになっていたらしいことが衛星写真で分かり、欧州の科学者たちは驚きの声を上げている。欧州宇宙機関(ESA)が20日までに明らかにした。

 ESAが運用する2つの衛星から8月23日―25日に撮影された写真で判明した。それによると、一年中あるはずの万年氷が広範囲で消失、ノルウェーと北極点の中間にあるスピッツベルゲン諸島の北からロシア北極圏にかけて万年氷のない海が広がり、北極点にまでつながっていた。

 地球温暖化の進展で北極海の万年氷が減り、かつ薄くなってきていることは過去25年間の観測で分かっていたが、今回の消失は前例のないほどだという。既に薄くなっていた氷が今夏の嵐によって砕かれ、散乱させられたのが原因かもしれないと科学者たちはみている。

 ESA関係者は、氷の消失により「スピッツベルゲン島や北シベリアから北極点まで、船で問題なく行けたのではないかと考えられる」と述べている。

北極の氷が減少していることは今までも何度か報道されてきているし、当然のことながら北半球の夏に一番氷が減るわけで、この時期にこれがニュースになりやすいようだ。1年前にも温暖化の海への影響というエントリで北極の氷の減少について書いているのだが、今年は何と、北極点まで船で到達可能なルートができてしまったということで、なかなかインパクトが大きい。

ESAのニュースには、ASARとAMSR-Eという2つの観測装置による昨年と今年の北極の氷の観測画像が掲載されている。モノクロ画像がアクティブなマイクロ波カメラであるASARによるもの、カラー画像がパッシブなマイクロ波カメラのAMSR-Eによるもの。AMSR-Eの写真では赤から青までの色の変化が氷の濃度(100%~0%)を表しているとのこと。

2005年の画像では北極点の周りに均一に氷が広がっているのに対し、今年の画像では北極点の周りの氷の分布が明らかに非対称で不規則となっていることがわかる。両者を比較すると実は赤い部分の面積自身はあまり大きな差はないようにも見える。。 今回のような不規則な氷の割れ方は初めて観測された現象とのことで、原因はまだ明確ではないものの、8月の大きな嵐(低気圧)によって割れたのではないかと考えられているらしい。

まあ、たとえ嵐の影響があったとは言え、ある程度氷の層が薄く弱くなってなければ、そう簡単に北極点までの氷が割れて船のルートができるとは思えないので、温暖化の影響を示す一例としてとらえるべきだろう。

ESAのニュースにはESAの科学者のコメントとして

"If this anomaly trend continues, the North-East Passage or ‘Northern Sea Route’ between Europe and Asia will be open over longer intervals of time, and it is conceivable we might see attempts at sailing around the world directly across the summer Arctic Ocean within the next 10-20 years."
とあり、10~20年後には夏季の北極海横断航海が可能になるだろうとのこと。去年の「ホッキョクグマに絶滅の危機!」なんていうセンセーショナルな記事と比べると、今年は何だかのんびりムードだな。。

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2006/09/20

「リスクのモノサシ」

五月兎の赤目雑感で紹介されているのを見て、読んでみた。リスク関係の本はいくつか読んでいるが、本書は心理学者から見たリスクの話であるということで、何か新たな視点や知見が得られることを期待したのだが、期待以上に大変面白く読めた。文句なしにお勧めの本である。なお、著者の専門はリスク心理学とのことだが、そんな分野があるとは知らなかった。

NHKブックス 1063
 リスクのモノサシ 安全・安心生活はありうるか
 中谷内 一也 著 bk1amazon

タイトルは「リスクのモノサシ」とあるが、実はこのタイトルは本書の盛りだくさんな内容のほんの一部しか表していない。各章がそれぞれ独立した本として成立するような興味深い内容を扱っており、本書はそれらの入門編といったところだろうか。

序章ではダイオキシン、環境ホルモン、SARS、BSEなどの問題は実は人的被害はほとんどなく、騒ぎだけが大きかったことを指摘している。本書の主要なテーマは、リスクは小さいのにリスク情報が混乱をもたらしたのは何故か? を考えるというものである。

第1章はマスメディアが持つ報道スタイルの特性を指摘し、最悪パターンを強調する傾向があることや、読者が理解しやすいようにリスクの程度を伝える努力をしていないことなどについて述べている。

第2章では逆に専門家側の問題点を指摘している。リスク情報の発信源である科学者サイドが、ほとんどゼロに近いリスクを「ないとは言えない」と曖昧にする傾向、自分が客観的な立場から物を見ていると過信する傾向、一旦マスコミに取り上げられた自説をなかなか曲げない傾向などを持つことについて、興味深い考察がされている。

第3章では、リスク情報の受け手側にリスクを過大視しやすい傾向があることを指摘する。恐ろしいものや未知のリスクを過大に評価しやすいだけでなく、一般に人は低確率領域でその事態に対して過大な重み付けをしやすいことや、具体的な単一事例の方が抽象的な統計資料より大きなインパクトを与えやすいことなど、社会実験例などをもとに説明している。

第4章ではリスク情報は統一されたモノサシを付けて報道することが有用ではないか、という著者の提案が展開される。具体的には、10万人当たりの年間死亡者数をベースとした対数スケールのモノサシを使い、死亡者数が250人規模のガン、24人規模の自殺、9人程度の交通事故、1.7人程度の火事、0.1人規模の自然災害、0.002人の落雷をその目盛とすることを提案している。

例えばアスベストによる中皮腫のリスクは約0.75人であり、火事での死亡リスクより小さく、自然災害による死亡リスクより大きいとわかるし、BSEによるヤコブ病のリスクは最大に見積もっても0.001人以下のリスクであり、非常に小さなリスクであることが理解できるというものである。

ここでのポイントは、新たなリスクを報道する側が、そのリスクの大きさをこういったモノサシと一緒に伝えるようにしようということだ。従来の報道はリスクの大きさが不明だったり、直接比較が困難な数値だけだったりと問題があるので、報道する側が責任を持ってここまで突っ込んだ情報提供をしてくれという提案である。もっとも、人の死を統計的に取り扱うことが大きな反発を受けることも容易に予想できるわけで、こういった考え方がどれだけ一般に受け入れられるものか疑問ではある。。 実はその辺こそがリスク心理学の出番という気がするし、もう少し突っ込んでみる必要があるように思う。

第5章以降は、信頼をテーマにして、少し毛色の違った議論を展開しているのだが、正直に言ってやや難解というか、消化不良という印象だ。第5章は、安全か危険かのシロ・クロ二分法になりやすい傾向について考察している。選択肢が多い豊かな社会では、人々は小さなリスクを敢えて選択する必要がないことも多く、ひとつひとつの選択はそれほど深刻なものでなくても、それが集まると、社会全体としてはパニック(ほうれん草や牛肉のケース)のような大きな問題となりうると指摘する。

第6章では社会から信頼されるためにはどうしたらいいのか?を考えている。従来のリスクマネジメントでは、専門性と信頼性が重要で、中立な立場の専門家による検討会を開き、とことん情報公開を行うというのが最近のトレンドとなっている。これに対し、これだけでは必ずしも信頼は得られず、主となる価値が相手と類似しているかどうかが重要であると指摘して新たな信頼モデルを提案している。確かに、相手の主張を素直に受け入れるかどうかには、先入観が影響するだろうし、従来の考えを変えるほどの説得力を持つのは難しそうだ。

第7章は、信頼を回復するには何が必要かを述べている。一般的には監視と制裁の仕組みを導入することや、市民参加プログラムを用意して市民の目を入れることが重要とされているのだが、面白いのは、自発的に人質を供出することが有効であることを示している。これは、外部から強制的に規制される前に、自発的に自己規制を宣言し、もしもそれに違反したら自己制裁することを明言することで、社会からの信頼度が格段に高くなるという社会実験に基づくものである。

最後の第8章では安全・安心な社会はありうるのか? を考察し、安全と安心の両方を同時に満たすことはできないと結論している。安全を目指せば目指すほど、新たなリスク情報が世に出てくることになり、結果として不安の種はなくならないというストーリーのようだが、確かにそういう側面があることも理解できる。本当に安全と安心が両立しないかどうかは、異論もあるだろうと思うけど、安全・安心という言葉をあまり深く考えずにセットで使うのはそろそろ止めて、じっくりと考えてみる必要があることは確かだろう。

ということで、本書はリスクに関して実に幅広い領域をカバーし、それぞれにかなり興味深い問題提起なり提案をしていると思う。それでいて非常に読みやすくわかりやすいため、あっさりしすぎて物足りないという印象もないではない。できればより深く突っ込んだ内容の続編を期待したいところだ。

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2006/09/15

250回目の献血

ここのところ、なかなか時間が取れなかったのだが、横浜市立図書館で調べ物をした帰りに、横浜駅西口の献血ルームにて7/28以来49日ぶりの献血をしてきた。今回はちょうどキリの良い250回目ということで、献血終了後に記念品をいただいた。これは多田美波さんという方が製作されたガラスの杯で、以前にも全く同じものをもらっていたので、これで2個セットとなった。献血の表彰制度などによると、250回目だと紫色のはずだが、実際にはどう見ても、以前のものも今回のものも薄いブルーにしか見えない。。 なお、中には「献血250回記念」と書いたカード(250の部分はスタンプ)が入っていた。

今回も血小板成分献血。5月の献血時に珍しく腕の中央部から採血したら、返血時に痛い思いをしたことが記憶に残っていて、「どこがいいですか?」と聞かれた時に、思わずいつも使っている左腕の外側部分を希望してしまった。ところが、看護師さんによると、この部分は随分と血管が硬くなっているみたいで、今後は何か対策を考える必要があるかもしれない、ってどうするんだ?

さて今回、献血ルームで気付いたことが2つ。1つ目は、以前献血手帳が磁気カードにで紹介したが、新たな献血カードの詳細がポスターで表示されていたこと。同じ内容は、例えばこちらなどで見ることができる。結局、献血者番号、氏名(カタカナ)、血液型、献血回数、最新3回の献血実績と次回献血可能日、表彰実績が表示されるようだ。

2つ目は先月末のニュースになっていたが、細菌汚染予防のために最初の血液を検査に使用するための対策。今回の献血で使用したチューブには、針と献血装置との間に枝分かれがあり、そこに検査用の血液を採取できるような装置が付属していた。看護師さんに聞いてみると、10月から実際に使用するのだそうだ。結局、献血の可否を判断するための検査用の血液として1本だけは従来どおりに注射器で実施するけど、後日送られてくるような詳細な検査に使用する血液(数本分)は実際の献血開始時の最初の血液から採取するということになるようだ。

おみやげとしては、定番の歯みがきセットとパックご飯に加えて、今回は見慣れないものが選択肢として加わっていたので、迷わずにそれを貰ってきた。それは株式会社むらせの「玄米たべた~い」という製品。このページのInformationによると 2006/04/01 に発売となったらしいが、不思議なことに商品情報には載っていないし、インターネットを探してみてもこの製品に関する情報は全く見つからなかった。

見た目は直径が十数mmのカンロ飴のようで、黄色透明のゼリー状の弾力のある球状だ。そもそもこれは何かというと

「玄米たべた~い」は、新鮮な国産玄米を原料に、圧搾製法で搾油し、物理精製した成分無添加の油をカプセルに詰めた安心・安全な健康こめ油です。話題の天然栄養成分γ-オリザノールをはじめ、ビタミンE、植物ステロールを効率よく含んでいます。
とある。「話題の」と言われても、ビタミンEはともかくも、γ-オリザノール植物ステロールなんて聞いたことがなかったぞ。。

使い方としては、通常通りにコメをといで、水加減を調整してからこの「玄米たべた~い」を入れて炊くだけ。お米1~2合に1粒が目安とのことだが、もらったのは20粒入り。変な味にさえならなければ、効果の程は不明だが、まあまあ結構楽しめそうだ。 ご丁寧にも

・本品は、多量摂取により、疾病が治癒したり、より健康が増進するものではありません。1日の摂取目安量を守ってください。
・本品は、特定保健用食品と異なり、厚生労働省による個別審査を受けたものではありません。
と書いてある。。

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2006/09/07

ココログ32か月

ココログを始めて2年と8か月が経過。1か月当たりのカウンターの伸びは 19000程度と夏休みをはさんだ割には健闘している。確かに8月最終週あたりから少しアクセス数が伸びているようだ。

 1か月目:900     2か月目:4500    3か月目:11700    4か月目:19000
 5か月目:32300   6か月目:43500   7か月目:54500    8か月目:72000
 9か月目:87700   10か月目:105400  11か月目:125400  12か月目:140600
13か月目:163000  14か月目:179300  15か月目:194700  16か月目:205300
17か月目:216800  18か月目:231700  19か月目:251100  20か月目:276400
21か月目:301200  22か月目:326400  23か月目:351400  24か月目:372400
25か月目:398100  26か月目:419300  27か月目:436100  28か月目:452700
29か月目:474500  30か月目:492100  31か月目:510100  32か月目:529800

この1か月のアクセス解析結果は以下の通り。

(1)リンク元
 1位 http://www.google.co.jp 全体の36%(前回1位)
 2位 bookmark 全体の19%(前回2位)
 3位 http://search.yahoo.co.jp 全体の14%(前回3位)
 4位 http://www.google.com 全体の10%(前回4位)
 5位 http://search.goo.ne.jp 全体の3%(前回6位)
 6位 http://blog-search.yahoo.co.jp 全体の2%(前回8位)

今月の注目は6位に入った、YAHOO! ブログ検索。ようやくそれなりの存在感を示すようなレベルまで認知されたようだ。ブログ検索エンジンも多数あるけど、それらの中では圧倒的に多いようだ。

(2)検索キーワード
 1位 酸素水(前回9位)
 2位 7月の天気(前回圏外)
 3位 過去の天気予報(前回2位)
 4位 2006年(前回53位)
 5位 2006年7月の天気(前回圏外)
 6位 エアロソアラ(初登場)
 7位 効果(前回7位)
 8位 注射針(前回4位)
 9位 記録(前回圏外)
10位 改造(初登場?)
11位 7月の天気(前回圏外)
12位 2006(前回11位)
13位 2006年7月の天気(前回圏外)
14位 植物性乳酸菌(前回1位)
15位 ETBE(前回8位)

一目瞭然、天気予報関連の検索での訪問者が非常に多かったようだ。夏休みの宿題関連だろうと思われる。単に夏休み期間中の日々の天気や気温を調べに来た人にとっては、期待はずれなんだろうけど、もしかしたら自由研究で「天気予報の的中率を調べる」なんてテーマでレポートを書いた子もいるんだろうか?

リンク元を見ていて気付いたのだが、グーグルの検索なんだけどURLが微妙に違うところから来る人がいる。たとえば
  http://google
  http://ww.google.co.jp
  http://googlr.com
  http://google.google.co.jp
など。グーグルはhttp://www.gogle.comとかhttp://www.gooogle.comのように周辺URLをいろいろと抑えているのは知っていたけど、単なるhttp://googleだけでもいいとは知らなかった。(何故か今はつながらないけど、コンスタントに訪問者があるので、多分つながるんだろうと思う。)

でも、http://google.google.co.jpだとか、http://googlr.comやhttp://ww.google.co.jpなんてのは、いちいちURLを打ち込んでいるとも思えないから、間違ったURLをブックマークに登録しちゃったりしたということだろうか?

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「うるう秒」を廃止して「うるう時間」に

NIKKEI NETの記事(9/7)。「うるう秒」廃止し「うるう時間」変更案が浮上

 地球の自転が24時間よりわずかに長いことから生じる時刻のズレを修正する「うるう秒」を廃止し「うるう時間」に変更する可能性が高まっている。国際電気通信連合(ITU)の作業部会で2007年9月にも合意し、正式決定を目指す。実施時期は10年以降になる見通しだ。

 世界の標準時間は精度の高い「原子時計」で決めているが、地球の自転は24時間よりわずかに長くなっているため差が生じてしまう。そこで「うるう秒」として標準時間に1秒を加えて調整することがある。06年1月1日にも午前9時前に「午前8時59分60秒」という時間を加え、7年ぶりに時計を1秒間遅らせる調整をした。1972年に「うるう秒」を設けて以来、これまで23回の調整をしている。

何故か、日経新聞以外だけが報道しているニュースだが、ちょっと面白い話なのでメモしておこう。これだけだと何故そんな大胆な変更を考えているのかわからないのだが、朝刊の記事によると
 こうした調整は手間がかかる。NTTは時報で午前9時の100秒前から1秒を百分の一秒ずつ長くした。電子機器などの時計を調整する手間がかかるほか、誤作動の原因となる恐れもある。電子商取引などで時刻の正確性などを第三者として証明するタイムビジネス事業者の中には一時的に運用を停止したところもあったという。うるう秒廃止後は、まとめて1時間調整する「うるう時間」に切り替える予定だ。
ということで、「うるう秒」は調整に手間がかかるし、トラブルの原因となるので、できるだけ調整の頻度を減らしたいということだろう。それにしても、1時間もずれちゃって大丈夫なのだろうか?

「うるう秒」については、Wikipediaの記述が充実している。うーむ、そもそも「うるう秒」とは徐々に地球の自転が遅くなっているために必要なのだと思いきや、少なくともここ数十年で見る限りは特に自転が遅くなってきているわけではなく、むしろ最初から原子時計の1秒と地球の自転から求めた1秒に微小なずれがあるのと、自転の速度の揺らぎのためと考えた方が良いようだ。知らなかった。。 確かに今年の元旦の「うるう秒」の前は7年間も調整が不要だったわけで、このページのグラフで見てもその傾向は一目瞭然だ。

では、「うるう秒」を「うるう時間」に変えるとどうなるのかだが、閏秒のページの記述を参考にすると、原子時計に基づく世界協定時協定世界時(UTC)と地球の自転に基づく世界時(UT1)との間のずれが1時間となるのは、1000年程度先!の出来事となりそうだ。地球の自転速度がどんどん遅くなれば多少はこれよりも早くなるだろうけど、それでも数百年も先の話なのは間違いない。

ということで、「うるう秒」を入れる制度をやめて「うるう時間」を入れるというのは、実質的には対応を先送りするってことに等しいだろう。1000年も先のことなんか誰にもわからないだろうし。。 100年先だと約36秒程度のずれとのことなので、普通の生活には何の影響もないといっていいだろう。さすがに1000年先ともなると、原子時計が1時間先に進んでしまうということなので、太陽が今よりも1時間早く出て、1時間早く沈むということになり、丁度サマータイムを入れたような感覚になるのかな。まあ、1000年も先のことを心配しても仕方ないけど。。。

新聞も、こういうニュースを伝えてくれるのはありがたいのだが、どうせなら「うるう時間」を入れるのは何年先になりそうか、ということまで合わせて伝えてくれると、これが自分たちにどういう影響があるのかを判断できるので、より親切だと思うのだが。。

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2006/09/05

『「失敗をゼロにする」のウソ』

帯には「責任追及はもうやめた! 失敗したら威張って会社を危機から救おう」と書いてある。著者は失敗学会の副会長とのことだが、以前 GEの原子力発電部門におられたようだ。失敗学に関しては、このブログでも畑村先生の「決定版 失敗学の法則」を読んで書評を書いたが、どうも良い印象がない。この本は、企業で安全の現場を経験してきた著者が書いたものなので、畑村先生の本とは少し違った視点から失敗学のことが理解できるのではないかという期待を持って読んでみた。

ソフトバンク新書 014
 「失敗をゼロにする」のウソ
 飯野 謙次 著 bk1amazon

本書では第1章で、失敗に関する三つの教えとして、「人は失敗をやらかすもの」、「失敗を隠そうとするのは自然の摂理」、「失敗をくり返さない仕組みをつくる」ということを述べている。そして「それでも失敗はなくならない」という、身も蓋もないようなことをキチンと述べている。この主張は、ある意味で当然だし、確かにそうだな、と納得できる指摘なのだが、実はなかなか堂々と言うことは難しい言葉である。特に、企業などでは「ゼロ災活動」が浸透しており、常に目標は災害ゼロであり、こんな目標は無理だなどと口に出すことは極めて難しいのだ。

その意味で、この章の記述は企業などで安全活動に携わる方々には是非一度読んでみて欲しいと思う。何というか、いつも胸に引っ掛かっていたモヤモヤが実にスッキリと晴れ渡るような爽快感が得られるのではないだろうか? 何故か安全活動というのは未だに精神論が幅を利かす世界のようだけど、そろそろこのような前提を受け入れたところから、科学的に活動していかなくてはならないのだと思う。

第2章では、著者のアメリカ経験を基に、日本の社会システムの問題点、特に形式を重視する社会であることがもたらした例として、原子力発電所のトラブル隠蔽問題などに言及している。

第3章では、失敗学の成果、特に失敗まんだらを簡単に説明したあと、過去の事故事例をいくつか紹介している。ここでは、事故を教訓に、より上のレベルの知識を得ることの大切さを説明している。実例としては、広島の新交通システムの高架工事で橋桁が落下した事故、タイタニック号の沈没事故などを扱っている。広島の事故事例では、H型鋼を積み上げる際の向きを考えなかったことが原因だったということで、「工」となる向きで何段も積み重ねて置くと、非常にバランスの悪い状態となり、簡単に崩れ落ちるということで、これは目からウロコだった。また、タイタニックの事故では、実は低温脆性が沈没の原因のひとつで、同じ低温脆性が原因で1962年にオーストラリアでキングス橋という大きな橋が崩壊したということで、過去の失敗からの教訓が活かされていない例とのこと。

第4章以降も具体的な事例をいくつも交えながら、事故や失敗から如何に貴重な知識を得るのか、またどうやってより安全なシステムを作っていくのかといったことが、失敗学の考え方を紹介しながら説明されている。そのそれぞれは、結構興味深い事例だったり、わかりやすい解説だったり、それなりに面白い。ただ、やっぱり気になるのは、何故か従来の安全工学などについて全く触れていない点である。ここに出てくる事例でも、別に失敗学なんか知らなくたって、従来から安全活動を普通に実践している人ならば同じような教訓を引き出すことは可能だと思うのだけど。。

もちろん、今までの安全活動の取り組みにはいろいろと問題があることは確かだろう。しかし、失敗学以前にも、安全のための人類の試行錯誤の長い歴史があるわけで、もしも現在の安全学には問題があるというのであれば、それをきちんと指摘した上で、新たな提案をしていけばいいのではないか? 何も、先人の取り組みを無視するかのように、新たな学問である「失敗学」を自分たちが体系化したのだ、と主張することもないと思うのだが。。

ということで、少なくとも企業などで安全活動を進めている人にとっては、失敗学的な活動と従来の安全活動との違いや、失敗学をどう従来の安全活動に融合させたらいいのか、といった点が良くわからないのが難点だと思う。「失敗はゼロにはならない」という前提や、「精神論じゃ解決しない」という指摘はとても勇気をもらえる主張で素晴らしいと思うので、失敗学会には、従来の安全活動に失敗学をどう取り入れるのかを考えて欲しいと思う。

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2006/09/04

改札機に組み込む爆薬探知装置

日本経済新聞の9/4朝刊、科学面の記事。ネット上には載っていないみたいなので、手書きで。

テロ防止へ新型爆薬検出、切符などの付着物分析、東大・三菱重

 東京大学の越光男教授と三菱重工業は、ここ数年テロによく利用される新型爆薬「過酸化アセトン」を検出し、爆発物の有無を探知する技術を開発した。この爆薬は原料が入手しやすく簡単に合成できるが、通常の爆薬と分子構造が違い、従来の探知装置では検出できなかった。新技術は検出に約1分かかるが、瞬時にできるよう改良、空港や駅向けに3年後目標に実用化する。

 過酸化アセトンは塩酸や硫酸、過酸化水素(オキシドール)など市販の薬品を混ぜるだけで合成でき、爆発しやすい。中東で頻発する自爆テロのほか、昨年7月にロンドンの地下鉄やバスが爆破された同時テロでも使われた。今年8月に発覚した英航空機テロ未遂事件でも、容疑者の自宅から原料がみつかったとされる。

 新技術は爆薬から揮発してテロリストらの手荷物や切符に付着した特定の成分を分析する方法。地下鉄や航空機に乗り込むときに通る改札機に探知機を組み込んで使うことを想定している。焼却場の排ガスに含まれる微量のダイオキシン濃度などを測定する手法を応用した。

 具体的には、切符などに付着した爆薬成分を加熱して蒸発、紫外線よりも波長が短くエネルギーの大きな真空紫外線を照射する。検出に必要な爆薬分子のイオンだけを効率的に取り出し、たんぱく質などを調べるのに使う質量分析装置で爆薬成分を特定する。

 三菱重工は2007年までに空港や駅の改札機に組み込んで使えるような小型装置を試作する。単独技術では見落としもあるため、車載レーダーに使うミリ波で爆発物を探知する技術も並行して開発を進める。両技術を組み合わせて、探知精度を99%以上に高める。(後略)

アメリカの空港などでは最近、荷物を布で拭き取って、その布を分析して薬物の検出などを行っているようだが、この新聞記事の技術は自動改札に通すチケットを分析し、爆発物が付着していないかどうかを瞬時に判定するという優れもののようだ。

調べてみると、この技術については東大の越教授のサイトにテロ対策のための爆発物検出・処理統合システムの開発という充実した情報が載っている。この分析方法は、真空紫外一光子イオン化飛行時間質量分析法(VUV-SPI-TOFMS)という長い名前。爆薬分子を真空紫外線でイオン化し、これを飛行時間型の質量分析計で分析するというもの。なお、真空紫外線とはあまり聞かないが、波長が10~200nmで紫外線(波長が10~400nm程度)の中でも最も波長の短い領域のもの。(記事では紫外線よりも波長が短いと書いてあるが、真空紫外線も紫外線のうちというのが正しいだろう。)

この技術を、ミリ波などを使用した非開披爆薬検出装置と組み合わせるとのこと。非開披爆薬検出装置とは聞きなれない言葉だが、「非開被」は開封せずにというような意味らしい。ここではミリ波を使うとあるが、以前テラヘルツ波検査装置で紹介した技術などと同等のものだろうか?

過酸化アセトンについては、Wikipediaに注意事項などが詳しく記載されているが、純品は固体(結晶)のようだ。

さて、この爆発物検出装置だが、改札装置に組み込むのはアイデアとしては面白いと思うけど、加熱・イオン化・質量分析というプロセスで検出するわけだから、どんなに短時間化したとしても、それなりの時間が掛かりそうな気がする。まあ、飛行機に乗る場合などは、どうせ手荷物検査などがあるからチケットの検査に多少の時間が掛かっても許されそうだけど、鉄道の改札の場合にはかなりの処理速度を要求されるだろうから、なかなか難しそうだ。それに、現行のチケットは磁気情報が書き込まれているけど、これは加熱しても大丈夫だろうか?

もう一つの素朴な疑問は、果たしてテロリストが切符などに爆発物を付着させてしまうものなのだろうか? というもの。 さすがにこの手の爆薬はいくら素人でも扱えるとはいっても、それなりにキチンとしたマニュアルに従って注意深く取り扱うだろうし、手袋ぐらいするだろうと思う。 それとも手を洗ったりした後でもわずかに残るような痕跡が、切符に付着し、その程度の超微量でも検出できるほど高感度ということだろうか? とすると、一般の有機合成屋さんや薬品屋さんなどが、突然改札で引っ掛かるなんてこともあるかもしれないな。。

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2006/09/02

元素は微小粒子「原子」の集まり?

読売新聞さん、どうしちゃったの? という素晴らしい記事を見つけたので、記念に残しておこうと思う。YOMIURI ONLINEの記事(9/1)。超新星爆発で原子27種生成、起源不明は8種のみ

 地球を含む宇宙に存在する286種類の原子のうち起源が不明だった27種類は、星が燃え尽きる際に起きる超新星爆発で生成されることを、日本原子力研究開発機構や東京大学などの研究チームが突き止めた。

 これでほとんどの原子の起源が明らかになり、残るは八つのみとなった。2日発行の米天文学会誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に発表する。

 宇宙のあらゆる物質は、83種類の「元素」の組み合わせでできている。それぞれの元素は、よく似た性質を持つ、重さが違う微小粒子「原子」の集まりで、83元素は原子の種類にすると286になる。

 そのほとんどは、恒星の中で起きる激しい反応によって作られたことが、これまでの観測結果などからわかっている。だが、35種類の原子の起源は、ここ半世紀のなぞだった。

 研究グループは、超新星爆発の最新の観測結果をもとに、この現象で35種類が生成されるかを計算。27種類については、超新星爆発のエネルギーによって30億度前後に加熱された空間で生成可能との結果を得た。

 超新星爆発は、太陽の8~30倍の重さの恒星が迎える最期の大爆発。恒星の大きさによって爆発の規模が異なるが、いずれの規模でも27の原子が生成されることがわかった。

(2006年9月1日23時10分 読売新聞)

これを読んで、一発で内容が理解できる人がどれだけいるのだろう? 普通に正しい科学知識を持っている人ならば、頭の中が?マークで一杯になってしまうのではないだろうか?

 ・宇宙に存在する286種類の原子
   → いつから原子が286種類にも増えたのだ?
 ・宇宙のあらゆる物質は83種類の元素の組み合わせでできている
   → 原子は286種類で、元素は83種類? どういうこと??
 ・元素は、よく似た性質を持つ、重さが違う微小粒子「原子」の集まり
   → 原子は微小粒子だったのか? で、元素は粒子の集まりというか、原子の集まりなのか?

で、もう一度読み返しながら、少し冷静に考えてみると、もしかして原子と言っているのは同位体のことか? と気付いた。でも、同位体なら286種類どころじゃなくて遥かに多く発見されていると思うし、元素の数だって83というのはやけに少ないぞ。

探してみると、日本原子力研究開発機構のリリースが見つかった。一体、この発表のどこをどう読むと、先の記事になるんだか? この研究は、約290種類の安定同位体核種のうち、中性子の捕獲反応では生成しない核種がいくつか存在しているのだが、それらが超新星爆発の際の光エネルギーで中性子を失ったものであると考えて間違いなさそうだと判明したというものらしい。なかなか難しい話だけど、それでも読売の記事を読むよりはよっぽど何の話なのかが理解できるぞ。うーむ、光で中性子が飛び出すというのはすごい世界だ。

宇宙でどのようにして多種類の元素が生成してきたのかというような話は、地球や我々生物の起源にもつながる話で、壮大でとても面白いのだが、冒頭の記事からは残念ながらそんなロマンのようなものは何も伝わってこない。記者が恐らく内容をほとんど理解しないで書いているからなのだろうな。。

何よりも、読売新聞レベルのマスコミでさえ、理科の基本的な知識がこの程度のレベルの記者が記事を書いて、それをそのまま通してしまうようなチェック体制なのか、と思うと悲しいものがある。これが、大新聞の科学部の記者のレベルというのが実態なのか? 好意的に考えると、安定同位体とか核種という用語を使うことを避けたのかもしれないが、それにしても「元素は重さが違う微小粒子「原子」の集まり」という記述は救いようがないだろう。一体どっからこんな定義が出てきたのだろう? (もしかしてドルトンの原子説?)

この記事を読んだ子どもたちは、きっと非常に混乱するだろうし、子どもに聞かれる親や先生も大変だな。 まあ、新聞の記述は信頼できないということを教えるには格好の教材なのかもしれないが。。 それにしても、こんな記事を書く人たちが、理系の知識がどうとか、教育がどうとか偉そうに議論しているんだとすると、何とも脱力感というか絶望感を覚える。。

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2006/09/01

2006年8月の天気予報傾向

東京地方の過去の天気予報 の8月のデータ整理を終了してサイトのアップデートをした。

7月は週間天気予報の気温予想が大きくはずれたのが特徴だったのだが、8月もその傾向を引きずったようだ。特徴的なのは、前日の最低気温の予想値が実績値とほぼ一致する回数が非常に多く、通常は気温偏差ヒストグラムの縦軸は12にしているのに、8月はこれを16に変更する必要があったほどだった。しかし、これ以外はむしろブロードに分布しており、総じて気温予報の適中率の成績は悪かったようだ。トレンドで見ても、前日以外の予報はやっぱりあまり当てにならないようだ。


ところで、天気予報の適中率を統計的に評価する作業をやっていて思うのは、統計的な誤差を小さくすることと、予報が適中したという実感とは必ずしも一致しないということである。

極端な話、統計的な偏差を小さくするんだったら、平年値(過去の平均値)をそのまま予報として出しておけば、下手に毎日の天気図を睨んで予報を出すよりも確実かもしれない。 でも、これじゃあ天気予報とは呼べないわけで、予報が当たったという実感も得られにくいだろう。実際に、平年値と予報値でどちらが実績値との平均誤差や平均2乗誤差が大きくなるのか興味があるところなので、時間があったらいつかやってみたいと思っている。。

ということで、天気予報の適中率についての実感を、もっとうまく表せるような指標があってもよさそうな気がしている。どういう状態を適中したと感じるのか、という心理的な要素も入ってきそうだから、簡単ではないのかもしれないけど、この手の評価方法はどこかでいろいろと研究されていそうな気がする。。

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