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2006/09/05

『「失敗をゼロにする」のウソ』

帯には「責任追及はもうやめた! 失敗したら威張って会社を危機から救おう」と書いてある。著者は失敗学会の副会長とのことだが、以前 GEの原子力発電部門におられたようだ。失敗学に関しては、このブログでも畑村先生の「決定版 失敗学の法則」を読んで書評を書いたが、どうも良い印象がない。この本は、企業で安全の現場を経験してきた著者が書いたものなので、畑村先生の本とは少し違った視点から失敗学のことが理解できるのではないかという期待を持って読んでみた。

ソフトバンク新書 014
 「失敗をゼロにする」のウソ
 飯野 謙次 著 bk1amazon

本書では第1章で、失敗に関する三つの教えとして、「人は失敗をやらかすもの」、「失敗を隠そうとするのは自然の摂理」、「失敗をくり返さない仕組みをつくる」ということを述べている。そして「それでも失敗はなくならない」という、身も蓋もないようなことをキチンと述べている。この主張は、ある意味で当然だし、確かにそうだな、と納得できる指摘なのだが、実はなかなか堂々と言うことは難しい言葉である。特に、企業などでは「ゼロ災活動」が浸透しており、常に目標は災害ゼロであり、こんな目標は無理だなどと口に出すことは極めて難しいのだ。

その意味で、この章の記述は企業などで安全活動に携わる方々には是非一度読んでみて欲しいと思う。何というか、いつも胸に引っ掛かっていたモヤモヤが実にスッキリと晴れ渡るような爽快感が得られるのではないだろうか? 何故か安全活動というのは未だに精神論が幅を利かす世界のようだけど、そろそろこのような前提を受け入れたところから、科学的に活動していかなくてはならないのだと思う。

第2章では、著者のアメリカ経験を基に、日本の社会システムの問題点、特に形式を重視する社会であることがもたらした例として、原子力発電所のトラブル隠蔽問題などに言及している。

第3章では、失敗学の成果、特に失敗まんだらを簡単に説明したあと、過去の事故事例をいくつか紹介している。ここでは、事故を教訓に、より上のレベルの知識を得ることの大切さを説明している。実例としては、広島の新交通システムの高架工事で橋桁が落下した事故、タイタニック号の沈没事故などを扱っている。広島の事故事例では、H型鋼を積み上げる際の向きを考えなかったことが原因だったということで、「工」となる向きで何段も積み重ねて置くと、非常にバランスの悪い状態となり、簡単に崩れ落ちるということで、これは目からウロコだった。また、タイタニックの事故では、実は低温脆性が沈没の原因のひとつで、同じ低温脆性が原因で1962年にオーストラリアでキングス橋という大きな橋が崩壊したということで、過去の失敗からの教訓が活かされていない例とのこと。

第4章以降も具体的な事例をいくつも交えながら、事故や失敗から如何に貴重な知識を得るのか、またどうやってより安全なシステムを作っていくのかといったことが、失敗学の考え方を紹介しながら説明されている。そのそれぞれは、結構興味深い事例だったり、わかりやすい解説だったり、それなりに面白い。ただ、やっぱり気になるのは、何故か従来の安全工学などについて全く触れていない点である。ここに出てくる事例でも、別に失敗学なんか知らなくたって、従来から安全活動を普通に実践している人ならば同じような教訓を引き出すことは可能だと思うのだけど。。

もちろん、今までの安全活動の取り組みにはいろいろと問題があることは確かだろう。しかし、失敗学以前にも、安全のための人類の試行錯誤の長い歴史があるわけで、もしも現在の安全学には問題があるというのであれば、それをきちんと指摘した上で、新たな提案をしていけばいいのではないか? 何も、先人の取り組みを無視するかのように、新たな学問である「失敗学」を自分たちが体系化したのだ、と主張することもないと思うのだが。。

ということで、少なくとも企業などで安全活動を進めている人にとっては、失敗学的な活動と従来の安全活動との違いや、失敗学をどう従来の安全活動に融合させたらいいのか、といった点が良くわからないのが難点だと思う。「失敗はゼロにはならない」という前提や、「精神論じゃ解決しない」という指摘はとても勇気をもらえる主張で素晴らしいと思うので、失敗学会には、従来の安全活動に失敗学をどう取り入れるのかを考えて欲しいと思う。

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