「データの罠」
今朝の日本経済新聞のコラム春秋には、「数字はウソをつかないがウソつきは数字を使う。」という中々蘊蓄のあることわざ(?)を元にデータに振り回されることの危険性と共に、データを提示する側への苦言を呈している。ここで紹介する本は、まさにこのことを実例を交えて説明した本であり、さまざまな意思決定の基となるような各種統計に関し、主としてデータの取り方や取りまとめ方が不適切なケースを具体的に実例をあげて説明している。
帯には、『「視聴率」「内閣支持率」「経済波及効果」「都道府県ランキング」、知らないうちにあなたの意見も操作されている!!』と書かれている。著者は、自治省、香川県企画調整室長、三重県財政課長を経て、現在は新潟大学大学院実務法学研究科助教授ということで、統計学の専門家ではなく、集計された各種統計を使う側で多くのデータを取り扱ってこられた方のようである。
集英社新書 0360B
データの罠 世論はこうしてつくられる
田村 秀 著 bk1、amazon
第1章では、新聞の世論調査で質問文や選択肢が恣意的な例、信頼性のある結論を得るために必要なサンプリング数はどの程度か、有効回答率が非常に重要なこと、真の無作為抽出は意外と難しいこと、調査方法によって結果は全く逆になることもあり、特にインターネット調査やテレゴングは当てにならないこと、回収率を高く見せるためのデータ捏造もされていること、などが具体的に議論されている。
中でも著者は有効回答率を重視しており、回答率を上げるためにインセンティブを使うことも考えるべきで、少なくとも有効回答率が50%以下の調査は信憑性が極めて低いと指摘する。もっとも、下手にインセンティブを付けると回答率は上がるだろうけど、果たしてその回答は信頼性があるものかどうかは疑わしい気もする。
第2章では、○○日本一などのデータの元となる家計調査の危うさ、テレビの視聴率の精度、選挙の出口調査競争、各種の都道府県/都市/国のランキングなどが具体的に議論されている。テレビの視聴率は、業界では小数点以下の細かな数字の大小までを競っているようだが、実際には30%のときにプラスマイナス3.7%の範囲に95%の信頼性で入る程度の精度しかないと指摘している。また、選挙の際の出口調査に関して、今後各社がますます精度を上げる努力を続けると、番組の冒頭で発表する予想の数字がほぼ最終結果を反映することになり、開票番組の視聴率が下がってしまうというジレンマに陥るのではないか、という指摘がなされており、面白い。
第3章では、日本人の英語力はそんなに低いのか、在日米軍の事件・事故は本当に少ないのか、税理士の収入はそんなに高額なのか、など具体的ないくつかの統計調査結果について正しい見方を示している。日本人の英語力については、TOEFLやTOEICのテスト結果の国際比較をすると日本は世界最下位レベルであるというデータに基づいた議論なのだが、実はこれらの試験を受ける母集団が各国で大きく異なっているというのがポイント。日本は学校や会社ぐるみで全員が半ば強制的に受けるケースが多いのに対し、他国では米国留学希望者だけが受けたりしているので、単純に比較できないというわけ。
第4章は恐らく著者の専門分野で、「官から民へ」を検証するということで、中央省庁のスリム化の実態、地方公務員給与の実態、道路や下水道などのインフラ整備、公認会計士や税理士制度の問題、郵政などの民営化問題などを取り扱っているが、ちょっと本書全体の中ではつながりが悪い印象。まあ、著者が自説を述べたかったということだろうか。
冒頭に紹介した日経新聞のコラムでは、データを提供する側、統計を扱う側がもっときちんとしなさい、と指摘しているのだが、本書は統計を見る側の心得として、いくつかのだまされないためのチェックポイントを提示してくれている。だます奴も悪いが受け取る方もだまされないように注意する必要があるということだ。その意味ではマスコミの役割も非常に重要だろうと思う。マスコミ自らが安易な調査を行っているケースや、官民による各種調査結果を正しく解釈できていないケースが多々あるわけで、是非もっともっと勉強して欲しいものだ。
なお、同様のテーマを扱った『「社会調査」のウソ』もおすすめである。
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