「渋滞学」
帯には「渋滞が嫌いな人も、行列が欲しい人も。車や人から、飛行機、インターネットまで。最新の研究が、さまざまな渋滞の謎を解明する。」とある。以前から、高速道路の渋滞の名所などで自然渋滞に巻き込まれると「何故いつもここで渋滞が起きるんだろう?」なんてことを考えて時間をつぶしていたので、さまざまな渋滞現象に科学的に取り組んだ本書は正にツボにはまったという感じで、とても楽しく読めた。
本書では、主としてセルオートマトンの1種であるASEP(Asymmetric Simple Exclusion Process)というモデルを使って、車、人、アリ、インターネット、電車やバス、飛行機などの渋滞現象や、さらには森林火災の延焼防止におけるパーコレーション、リボゾームでのタンパク質合成、神経細胞における分子モーター(キネシン)の運動などを解析していく様子を非常に平易な文章で説明してくれる。後半に行くほど段々難しくなっていくのだが、とてもシンプルなモデルと直感的に理解しやすい例から順を追って丁寧に話が進んでいくためか、わかりやすい。
本書のエッセンスの部分は、著者のホームページ西成総研に専門家向けの資料として掲載されているようだが、できれば素人が遊べるような簡単なASEPモデルがあったらなあと思う。もっとも、このモデルは完全に離散的で、有限個数の粒子(自己駆動粒子)の挙動を表現する簡単なルールを設定するだけで実現できるので、単純なものであればエクセルなどですぐに作れそうだ。
それにしても、アリの渋滞とバスの団子運転が同じルール(フェロモン効果)で表現できたり、人が密集した状況での人の動きは粉体の挙動と通じるものがあったりと、渋滞学というのは実に間口が広い。著者が最後の章で強調するように、現在の蛸壺型の専門に特化した学問の状況下で、このような分野横断的な研究を進めるのは確かに大変だろうと思う。全く専門の異なる研究者が同じ切り口で議論を進めるというのはとても刺激的で魅力的だとは思うが、実際にやるとなると解決すべき問題が山積しているのであろう。
交通渋滞関連は、起こっている現象が実感として理解しやすいこともあり、渋滞が起きる車間距離は約40mであることだとか、渋滞に陥る手前では不安定だけど特異的に高速走行可能なメタ安定現象が起こることがあるとか、興味深い話が多かった。また、今後交通制御システムやカーナビが進歩して、渋滞回避の最適解を求めることが可能となったとしても、各車がそれぞれ最適解に従って動くと、それがまた新たな混雑を生み出すような複雑な状況も考える必要があるという指摘なども奥が深い。こうなると、ゲーム理論なども織り込む必要になってくるわけで、面白そうだけど、大変そうだ。
本書は高校生でも十分に楽しめるような内容だけれど、複雑な現象を単純なモデルで説明する楽しさだとか、それによって自然現象の中に潜む原理を見出す喜びのようなものも味わえるし、一方で全然別の分野の専門家が見ても、問題解決のヒントになるような視点を提供してくれる可能性もありそうで、とっても中身の濃い本だと思う。
あと、本書で紹介されているのを見るまで知らなかったが「パイこね変換」(*)という計算操作が面白かった。10進数の演算を2進数に変換して行うことで、避けることのできない誤差が出るというありがちな話なのだが、エクセルで実際に計算してみると確かに衝撃的な結果を見ることになる。
(*)本書に出てくる「パイこね変換」の例
(1) まず0から1までの範囲の数xを決める
(2) xが0.5よりも小さければ y=2xとし、そうでなければ y=2-2xとする
(3) 求めたyをxに代入し、(2)に戻って計算を繰り返す
例えば最初に x=0.1とすると、本来は0.4と0.8でずっと振動するはずが、数十回の計算で0になってしまう
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