「相対論がプラチナを触媒にする」
前回の「地球・環境・人間」に引き続いて、岩波科学ライブラリーの新刊。ちょっと意外性のあるタイトルである。帯には
燃料電池、自動車の排気ガス浄化で触媒として大活躍するプラチナ。とある。実は一応触媒が専門領域だが、触媒と相対論というのは確かに新鮮な組合せだ。
なぜプラチナだけに、そんな魔力が宿っているのか?
その秘密は、意外にも相対性理論が知っていた。
岩波科学ライブラリー 125
相対論がプラチナを触媒にする
村田 好正 著 bk1、amazon
100ページちょっとで、図表もそれなりに出てくるので、字数はかなり少ないのだが、「地球・環境・人間」が平易な文章であっと言う間に読み終えられたのに比べると、かなり内容の理解に苦労する。森山さんがK.Moriyama's diaryで「教科書じゃないんだから。」と実に適切な評価をしているが、一体誰を読者として想定したのかよくわからない不思議なテーストの本である。。 「はじめに」には、高校生を対象とした講演を基にして本書を書いたとあるので、多分高校生を意識した本なのだろうけど。。
本書では、周期表の10族に縦に並ぶ Ni(ニッケル)、Pd(パラジウム)、Pt(白金)を比較して、化学的性質が似ているはずの同族元素なのに、何故ニッケルと比べて白金は幅広い反応の触媒として有用なのかということを理論的に説明している。まず、この説明を理解するのに必要な基礎的な知識である、結晶学、量子論、相対論などの基礎を初心者向けに解説し、最終的にはニッケルと白金の金属表面原子の再配置やガス吸着現象の違いを相対論的効果が働いているためであると説明している。
さらさらっと読むと「ふーんそうなのか」という感じだけど、ひとつひとつの項目は実は難解な話なので、よくよく考えてみると「あれ、どうして?」というような疑問も多々出てくる。何となく中途半端なんだよね、きっと。例えば結晶面は、(100)や(110)とか(111)とかミラー指数を使って表現するのが普通だが、本書では初心者向けに配慮したとかで、それぞれ正方表面、長方表面、三角表面と呼んでいて、逆にわかりにくかったり。。 一方で、相対論や量子論の解説部分は、本書の中心となる部分のはずだが、どうみても初心者が直感的に理解できるような配慮がされているとは思えない。本当はこの部分にこそもっと多くの力を注ぎ、読者の理解を助ける工夫をすべきだろう。
結局のところ、本書のキーとなる相対論の効果とは以下のようなメカニズムである(らしい)。ドゥ・ブロイの式から求められる電子の速度は原子番号に比例し、これがニッケルの場合は光速の20%であるのに対し、白金は57%になる。これにより白金の場合には相対論の効果が無視できなくなり、最も内側の電子の結合エネルギーが増加し、結果として原子間結合が強まることになる。ニッケルに比べて白金の比重が高いことも、このことから説明できるようだ。そして、この結合力の違いが金属表面原子の安定性に影響を与え、表面原子の再配列の仕方に影響し、さらにガスの吸着しやすさや吸着の仕方に違いが出てくることによって、触媒としての働きが変わってくるというもの。
実際にガスを吸着させた際の表面原子の配置の変化の様子をダイナミックに追った実験などはなかなか面白く、特に白金表面での一酸化炭素の酸化反応の様子を光電子顕微鏡で追跡した像はイリュージョンのようで実に興味深い。この時に実際に観察される摩訶不思議な現象を、理論的にきっちりと説明できるのもとても小気味いい。
だけど、読み終えて何となくすっきりしないのは何故なのだろう? 結局、白金とニッケルの違いは説明できたかもしれないけど、パラジウムはどうなの? とか じゃあ金は何で触媒としてあまり有用ではないの?というような疑問に答えてないからかもしれない。それに、ニッケルにはニッケルにしかできない役目がちゃんとあって、水素化触媒なんかではなくてはならない元素だし、何だか白金だけが特別扱いされているみたいで、ちょっと哀しいのかも。。
ところで、本書はタイトルから本文まですべて「プラチナ」と表記しているのだが、どうして白金にしなかったのだろう? 裏表紙には「プラチナ、またの名は白金」と書いてあるけど、これってどうかねえ? 一方、最初のページには「プラチナの学術名は白金である」と書いてある。本書はどちらかというと学術的な本なのだから、やっぱり白金と書くべきだと思うけどなあ。。 それと、本書には周期律表という言葉も何度も出てくるのが気になる。以前は確かに周期律表と呼んでいたけど、今は周期表と呼ぶのが正しいらしいので、直しておいた方が良いと思うけど。。
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