「石油 最後の1バレル」
東京駅近くの大手書店で大々的に並べて売っていた。興味のあるタイトルだったので購入して読んでみたが、英治出版という、失礼ながらあまり聞いたことのない出版社の本であった。地元の書店ではあまり目立つところには置いていないので、局所的に相当頑張って売り出してたのだろうか。原題は " A THOUSAND BARRELS A SECOND - The Coming Oil Break Point and the Challenges Facing an Energy Dependent World -" ということで、どうみても原題の方が内容を忠実に表している。(現在、石油の生産量は毎秒1000バレルに近づいているらしい) とはいうものの、本文については特に翻訳がおかしいとか、読みにくいということはなかった。
石油 最後の1バレル
ピーター・ターツァキン 著 bk1、amazon
本書については、既に安井先生が市民のための環境学ガイドで書評を書いているので、専門的な内容についてはそちらが参考になるだろう。
大部分が中世以降のエネルギーの変遷の歴史をたどったもので、我々が鯨油、石炭、石油、そして各種エネルギー源による電気といったエネルギー源にどのように乗り換えてきたのか、そして現状はどうなっているのか、といったことの記述に費やされている。意外と知らなかった石油メジャー(7シスターズ)の歴史などにも詳しく触れられており、現在のエネルギー事情を知るという点でもとても有意義な本だと思う。
どこかで読んだことがあったけど、改めてなるほどと思ったのは、油田の生産量というのは年とともにどんどん低下していくという事実。石油生産量の1年間の低下率の平均値は約5%にもなるので、現在の全世界の石油生産量は毎年イラクの生産量の2.5倍に相当する量ずつ減っていくとの指摘がある。つまり、毎年新規にイラクの2.5倍に相当する油田を見つけて生産を開始しなくては、現状の生産量を維持することもできないということになる。
また、本書で強調されているのは、たとえ世界の需要をまかなえるような新たなエネルギー源が将来現れるとしても、既存のエネルギーとの切り替えには、新エネルギー源の大規模実用化やインフラ整備など、相当長い年月が必要なはずであるということ。まあ、当然といえば当然なのだが、過度の楽観視はかえって有害であり、石油のブレークポイントが来たあとは、さまざまな技術開発を進めながら、同時にライフスタイルの変更も必要となると主張している。
本書の最後に、著者が描く2017年の世界というのが出てくる。2007年頃に石油のブレークポイントを迎えた後の10年間に何が起こり、どういう社会になるかという予想を述べたもので、なかなか興味深い。燃料価格の高騰で大型のSUVを手放したけど、小型のディーゼルカーやハイブリッドカーを運転し、天然ガスやバイオガス、風力や太陽電池などを組み合わせたエネルギー源とライフスタイルの変更で何とかやりくりしているうちに、どうやら核融合技術が間に合いそうだ、というとてもバラ色の未来である。
でも、この予想には数値的な裏づけは何もなく、単なる空想レベルと言わざるを得ない。ただし、ここに描かれている世界が現実のものになるためには、いつごろまでにどんな技術が実用化され、どんな社会制度やライフスタイルの確立が必要なのか、なんてことを考える叩き台としては意味のあるものかもしれない。
過去、貴重なエネルギー源だった鯨が絶滅しそうになった時期に、たまたま石炭利用が可能になったし、石炭利用の弊害が問題になってきたときに、タイミング良く石油が実用化されたのかもしれないが、石油が足りなくなったときに、そんなに都合よく次のエネルギーが利用可能となるとは限らない。少なくとも今後数十年で核融合が実用化されるかというと、ちょっと無理だろう。では、ここ数十年で技術的にどんな進歩が期待できるのだろう? いろんなアイデアはあるけれど、それらがどう実現してどんな社会が到来するかは余りに不透明だ。
エネルギー分野は動くお金が余りに莫大で、魑魅魍魎の跋扈する世界のようだけど、技術屋も単に夢を語るだけでなく、近未来の技術の実現性などについて具体的な道筋をいくつか示し、それを基にした社会システム設計への参画なんてことを積極的にしていかないと、将来の読みを間違えた政策によって、とんでもないハードランディングを迎えることになるかもしれない。
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