著者の松永さんの本としては、以前「食卓の安全学」を紹介しているが、松永さん自身が以前毎日新聞の記者であったという経歴を生かして、現在のマスコミによる科学報道が抱えている様々な問題点や、それに対する対応策などをバランス良く、わかりやすく書いた本。帯には「センセーショナリズム、記者の思い込み、捏造 - トンデモ科学報道を見破る!」とあり、副題の健康情報とニセ科学というキーワードを合わせると、本書がどういう立場で何を伝えようとしているかが想像できるだろう。
光文社新書 298
メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学
松永 和紀 著 bk1、amazon
たまたま「発掘!あるある大事典2」の捏造問題が大騒ぎされたタイミングに出版されたけど、本書はもっと深いレベルでこの問題を取り扱っている。本書では、捏造自体はもちろん論外としているのだが、たとえ捏造がなかったとしても、あのような番組(何かを食べると健康に良いとか、ダイエットできるとかを安易な実験で証明したかのように伝える番組など)は、その番組コンセプトの根本部分で既に間違っていることを明確に指摘している点が高く評価できる。
あるあるの捏造問題を、他のTV局が喜んで報道したが、結局彼らには捏造レベルの問題点しか理解できていないのか、はたまた捏造レベルの問題として処理してしまいたいということが明らかとなってしまったわけだ。本書では、この手の番組に潜んでいる問題点を、単に視聴率がどうのこうのということではなく、白黒をはっきりさせる結論を欲しがる傾向、先に結論ありきの番組作り、何故かそれを補強するコメントをする研究者の存在などの点から、具体例を元に検証している。
また、そんなTVのバラエティ(教養?)番組の問題点とは別に、大手新聞社の通常の科学報道の問題点も遠慮なく指摘している。中国産野菜の残留農薬問題、マラリア対策としてのDDT使用について、PCB処理設備のリスク、環境ホルモン、化学物質過敏症、マイナスイオン、遺伝子組み換え大豆、バイオ燃料などなど多くの報道について、これもまた、具体的な報道とその裏側に潜む真実を対比させる形で検証している。これを読むとマスコミの方々はどう感じるのだろう? 反論があるのであれば、是非ともどこかに出してもらい、議論の対象としてみたいものだ。
そして、最後には科学報道を見破る十カ条として、一般読者がどのような点に気を付けて報道を受け取るべきなのかを提案している。まあ、今までもどこかで似たような教えを見た気がするが、よくまとまっているので、前半5カ条をここに掲載しておく。後半5カ条は是非本書で確認されたい。
1.懐疑主義を貫き、多様な情報を収集して自分自身で判断する
2.「○○を食べれば……」というような単純な情報は排除する
3.「危険」「効く」など極端な情報は、まず警戒する
4.その情報がだれを利するか、考える
5.体験談、感情的な訴えには冷静に対処する
松永さんの本のすごいところは、この程度の分量の新書の中に、これだけの論点をバランスよく、しかも難しすぎず、適度な専門性を加えて、かなり正確に書こうとしているということ。また、批判すべき相手に対しては、ほぼ実名で批判を加えている点もすごい。本書にも、化学物質過敏症に関する記事を書いたことで非難されたことが出てくるが、ニセ科学やトンデモな論理は、多くのケースで被害者側の立場に立ったり、好ましく思える結論を安易に支持するものだったりするため、その論理の矛盾や科学的な根拠の問題点を指摘することは、時として一般大衆や市民団体を敵に回すことになりやすいようだ。
それでも、科学的な間違いを容認することは、最終的には自分たちの首を絞めることになるわけで、こうしてジャーナリストや科学者が勇気を持って声を上げてくれていることを尊敬すると共に、心から応援していきたい。
本書に出てくる事柄の多くはこのブログでも取り扱ったものだし、特に驚かされるものがあったわけではないのだが、その裏に潜むマスコミの問題点などの著者の考察を加えた形で本書を読み終えてみると、日本のマスコミのレベル、特に大手新聞社の抱える問題点に愕然とすると共に、先行きを思うと暗澹とした気分になってしまう。
松永さん自身が、今も毎日新聞にいたとしたら、このような視点を持ち得なかったというようなことを書いているが、要するに新聞記者というのが忙しすぎて、勉強したりじっくりと調べたりする時間がないという問題や、現実には一つ一つの記事をしっかりと調べて書くような状況にない現状というような問題があるようだ。まあ、理系白書ブログを見ていても何となくわかるけど。。
何にしても、こうして前回紹介した「水はなんにも知らないよ」に続いて、このような良書が手に入りやすくて目立ちやすい新書としてラインナップされ始めたことは歓迎したい。
ところで、松永さん自身のウエブサイトであるWAKILABは更新が滞っていたようだが、最近デザインも一新して再構築中のようで、本書の参考文献なども掲載されている。一方、とても良質のコンテンツが読めるFoodScience 松永和紀のアグリ話は有料となってしまい、気軽に読めなくなってしまったのがとても残念。毎月500円という会費は決して高くはないのだろうけど、FoodScienceの連載記事全部を読める権利は不要だが、松永さんの記事だけは読みたいという人向けに、100円/月とか、10円/記事などの選択肢もあっていいと思うけどなあ。。
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