「日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか」
ついこの前まで、国際捕鯨委員会(IWC)が開催され、かなり激しい論戦が戦わされたようだけど、意外と日本では報道されなかった印象がある。いつもネタ元として見ているThe top science news articles from Yahoo! Newsでも、IWCの前後は日本の捕鯨に対する姿勢を批判的に取り上げたニュースが毎日のように掲載されていたのだが、それに比べると日本の報道の静けさは何とも不思議な感じがする。
本書は、随分と直接的なタイトルだが、現役のグリンピース・ジャパンの事務局長が書いた本であり、当然のことながら反捕鯨の立場で書かれている。それでも、本家グリーンピースとは一線を画し、従来の過激な反捕鯨運動の流れよりは冷静に、できるだけ客観的に捕鯨の置かれた位置付けを明らかにしようとしたものらしい。帯には「好きなのは野生生物としてのクジラ? それとも鯨肉ですか?」というキャッチコピーが書かれているが、あまりセンス良くないような。。
幻冬舎新書 032
日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか
星川 淳 著 bk1、amazon
日本人のクジラに対する思いは、世代によってかなり異なるのだろうと思う。僕の場合には、家でも学校の給食でも鯨肉は結構出てきたし、大和煮の缶詰とかもなつかしく感じる方だ。それでも、鯨は日本人の食卓に欠かせない食文化である、と言われると「?」と思ってしまう。
本書では、クジラの入門知識、歴史的な流れ、捕鯨が禁止されるようになったいきさつ、そして最近の状況について、一応バランス良く(?)説明がなされており、クジラや捕鯨に関する素人にとっての入門書として、目を通す価値があるだろうと思う。もちろん、バリバリの反捕鯨論者の書であるということを念頭に置いておく必要はあるし、例えば amazon のレビューなどでは、本書への批判的な主張も読めるので、参考にすると良いだろう。
捕鯨の場合、水産庁の管轄でもあり、通常は「出漁」とか「密漁」という用語を使用するらしいのだが、本書ではクジラはあくまでも哺乳動物であるとして、敢えて「出猟」とか「密猟」という字を当てている点にも、著者の考えが徹底している。
実は、現在の捕鯨問題の本質は、本書の冒頭に出てくる次の指摘がほぼ全てといって良いのではないだろうか? すなわち、国際的には既にクジラは陸に住む普通の野生生物の一種と捉えており、当然のように保護すべき対象と考えられているのだが、日本は従来どおりの水産資源という位置付けで捉えているから、どうやっても議論はまとまらないということのようだ。
もっとも、じゃあなぜクジラは保護すべき対象で、他の魚類はたとえ野生のものでも捕って食べて良いのだろうか? 結局のところ、哺乳類だからということになるのかな? 現実問題として、先進国では野生の哺乳類を商業的に捕って食べるというのは無理な時代になっているように思うけど、それを言い出すと、海には公海という都合のよいものがあるので話は違うわけで、ややこしくなるわけだが。。 ともかくもこの辺の出発点を共有できるかどうかが重要なのは間違いないだろう。 ウィキペディアの捕鯨問題は、その複雑な状況を比較的よくまとめていると思う。
ところが、実は日本でも捕鯨を推進しようとしているのはほんの少数の人たちだけで、大部分の人たちは、それほど鯨肉を食べることを積極的に望んでいるわけではないのだ、と述べており、、これは恐らく正しい認識なのだろうと思う。
では、なぜ日本だけが世界中から孤立する道を選んでまで、依怙地になってクジラを捕ろうとしているのか? 本書を読むと、水産庁捕鯨班という小さな組織とそれを取り巻く一部の利権集団(?)の既得権を守る戦いというような印象を持つのだが、本当にそんなことでわざわざ国際的にこれだけ非難を浴びるような立場を採り続けるものだろうか? 結局のところ、どうもその辺に説得力がないので、本書のタイトルである「日本人はなぜ世界で一番クジラを殺すのか」に対する答えは明確には見えてこない。
この前のIWCを巡る日本の報道を見ても、ゴシップや官僚の利権などが大好きなマスコミが何故か捕鯨に関してはやけに及び腰なのが気になるのだが、実は何か裏にあるのではないかと勘繰りたくなる。もはや捕鯨を推進したい大手スポンサーなどもいないだろうに。。 このまま毎年IWCの度に日本が国際的な非難を浴び、日本の主張が受け入れられない事態を見続けるのも、同じ日本人として何だか悲しいものがあるし、海外の人とこの話題になるのはできれば避けたいところだが、もうそろそろ表舞台で議論して、すっきりすべきだろうと思う。
ともかくも本書を読むと、調査をしたいなら調査捕鯨の名の下にかなりの数のクジラを殺したりすることなく、無傷で調査する方法を考えろよ、という主張はもっともだけど、それ以前に、そもそも調査捕鯨が科学的であるかどうか、なんてことが論点になっているわけではなく、もっとプリミティブな部分でのスタンスの違いが問題なのだと痛感させられる。
この著者の主張を全面的に受け入れるつもりはないのだが、それなりに良くまとまった本であるし、本書は議論の出発点としても意味のあるように思える。本書を読んで、なるほどクジラは保護すべき野生生物で、なにも国際的な非難を浴びてまで無理に食べることないよなあ、と思った人を相手に、捕鯨推進派が説得力のある反論を展開することができるのだろうか?
なお、本書の中にクジラ類の有害化学物質による汚染の話なども出てくるが、実は問題となったマグロやイルカなどの水銀は人的というよりは天然由来の水銀であると考えてよいはずである。(参考:Q&A No.16) この他にも、読んでいると、ああ著者はやっぱりグリーンピースだな、と感じられる部分もあったことを付け加えておく。
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コメント
捕鯨問題について知ろうとする際にまずグリーンピースの本から手に取るという選択からして終わってますね。
投稿: kujira ha kasikoki seinaru ikimono! | 2007/06/14 01:35
そう言わずに、不幸にして(?)この本から捕鯨問題に入っちゃった人も相手にしてください。。。
投稿: tf2 | 2007/06/14 01:53
はじめまして。通りすがりの大学生です。
小松正之『よくわかる捕鯨論争~捕鯨の未来をひらく~』こちらの本もお勧めします。
IWCで捕鯨に反対する欧米諸国には正確な証拠に基づかない、ともすればヒステリックな主張が目立っているような気がします。
例えば、乱獲(主に欧米諸国の!)により生息数が激減したのはシロナガスクジラやホッキョククジラであって、日本が捕鯨を主張しているミンククジラはむしろ数が増え、70万頭は生息しているとされています。しかも、イカ、サンマ、スケソウダラなどの漁業被害が報告されているほどなのです。
また、アメリカは自国の少数民族には絶滅寸前のホッキョククジラの捕鯨を許可する一方で、日本の捕鯨に反対しています。あまりにも身勝手な、ダブルスタンダードだと思いませんか?
日本が捕鯨を主張する根拠は、伝統的な食文化だけが理由ではないと思います。
投稿: ゆきりん | 2007/07/09 17:00
ゆきりんさん、本の紹介ありがとうございます。
さすがにこの手の話について、一方の言い分だけを読んで納得した気分になるのはまずいと感じていましたので、機会を見つけて読んで見たいと思います。
なお、星川さんの本でも、日本の沿岸で行われる伝統的な捕鯨は禁止されているのにアラスカの先住民の捕鯨は許されていることについては書かれていて、この辺については、やや歯切れが悪い印象の記述になっています。
投稿: tf2 | 2007/07/09 19:21
すみません、お邪魔します、
コメントさせていただきます、
世話になります!
ありがとうございます^_^
投稿: グッチ | 2011/04/18 18:11