「生命科学の冒険」
ちくまプリマー新書は初めて。中高生を主たる読者として想定している割には、「環境問題のウソ」とか『「科学的」って何だ!』などを書店で見てみると、読みやすそうだけど、内容が冒険的というか、定説とか基本を抑えていないような点が気になるし、どうだろう? と評価していた。しかし、この本はちょっと面白そうだったので、読んでみることに。帯には
「最先端」でも「ちょっと待てよ」とある。著者は毎日新聞の論説委員で、出身は東京大学の薬学部とのこと。
科学の進歩と倫理の問題を考える
ちくまプリマー新書 073
生命科学の冒険 生殖・クローン・遺伝子・脳
青野 由利 著 bk1、amazon
さらさらと簡単に読めて、非常に読みやすいけど、内容は非常に充実している。これは、中高生向けの本と位置づけるのはもったいない。これからの時代を生きていく人たちが身に付けておくことが望ましい、生命科学分野の最新の基礎知識や、今後ますます真剣に考える必要が出てくるであろう生命倫理問題が実にコンパクトに要領よくまとまっている。文句なしに多くの大人たちに勧めたい。
第1章は生殖がテーマ。体外受精、非配偶者間人工授精、受精卵養子(胚の提供)、代理出産(サロゲート・マザーとホスト・マザー)、死後受精などが取り扱われている。
第2章はクローンと再生医療がテーマ。クローン羊ドリー、体細胞クローンと受精卵クローン、人への臓器移植のためのクローン豚、クローンペット、治療薬を製造する動物工場、絶滅動物の再生、クローン人間、クローン技術規制法案、ヒトES細胞、ヒトクローン胚、卵子の提供問題、ソウル大学の捏造問題、山中教授の万能細胞、卵子の老化、ミトコンドリア操作など。
第3章は遺伝子がテーマ。遺伝子、DNA、ヒトゲノム、遺伝子診断、遺伝子病、オーダーメイド医療、遺伝子差別、遺伝子情報の保護、遺伝子情報を知る権利と知らないでいる権利、遺伝子診断での受精卵の選択、着床前診断、遺伝子治療、遺伝子ドーピングとエンハンスメント、遺伝子格差など。
第4章は脳科学がテーマ。脳と機械の接続、脳画像の読み取りとプライバシー、ニューロマーケティング、機械が脳を変える、ロボットスーツ、記憶力増強剤、ハッピードラッグ、攻撃的な脳、脳決定論、意識とは、ニューロエシックスなど。
どうだろう、ここに列挙した用語のうち、どの程度の内容を理解できているだろう? 個々の用語の意味やその詳細を知るにはさすがにこの本だけでは不足だろうと思うけど、まあ一般人としてはこの本に書かれている程度を知っていれば十分だろうと思う。
それよりも、これらの生命科学に関わる新たな技術の意義を考え、それを実際に社会に適用していくことの是非を考えていくのは、とてもいい頭の訓練になったような気がする。本書を読んで感じたのは、個別の技術の是非を考えるだけでは不十分で、これらの技術全体を頭に入れて、他の技術とのバランスも考えてみることがとても重要だろうということだ。本書を読み進めていくと、あれがいいならこっちもいいよねとか、これがいいならさっきのあれはどうなんだ、というような場面が何度も出てくる。
本書では、それぞれの問題はどうあるべきなのかについての著者の考えはほとんど提示されていない。逆に、読者がじっくりと考えることができるように、これら多くの複雑な問題点を上手にテーブルの上に並べてくれたという印象がある。本書はとても読みやすいことだし、高校や大学で本書を読んで、みんなで議論してみるなんて使い方も面白そうだ。あるいは、家庭で家族がこの本をテーマに話し合ってみるなんて使い道も面白いかもしれない。何しろ、自分や家族が近い将来これらの問題に直面する可能性は、自分で思っている以上に高いかもしれないし。。
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